ザンボア
詩・モード 
Z a m b o a  volume . 9

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 photograph : : HANATO



木村信子特集

 品性というのはつまり恥を知るということなのだと、
 僕は思うけれど。
 でもこういうことばかりを考えずにいられないというのは、
 きっと感情のままにものを言ったり、
 体をくっつけたり、嬉しいとき笑ったりしてはいけない、
 嬉しいわけじゃなくても笑っていなければいけない、
 そういうことを自分に強いているからで、
 それは誰かといることが辛くなっていくということ。
 
 人といるときにきちんとしていたって、
 それは人間の品性とはあまり関係がない。
 価値基準を人目に置いているだけの話なのだ。
 なによりむずかしいのは、ひとりでいるとき。
 
 ひとりをきちんとできるのか。
 木村信子さんの詩を前にして、僕がずっと考えていたのはそのこと。
 
 本当にこの詩でいいのだろうか?
 この詩とこの詩のあいだは、
 本当にこの詩なのか? 僕の見落としている、
 収められるべきピースとしての詩がまだどこかにあるんじゃないだろうか?
 詩を読んでいるときに、僕の集中力はどこかにさまよっていったり、
 していないだろうか?
 いやそれよりも、詩を選ぶとき僕は詩にたいして、
 きちんと礼を尽くすことができているだろうか?
 
 そんなこと見ている人にわかりゃしない?
 それはそうかもしれない。
 でもそれが問題ではない。
 
 人間の感性はインテリジェンスで、物事の本質を瞬時に嗅ぎ取ってしまう。
 僕がひとりでいるとき適当にやっていたら、
 Zamboaにはあっという間に人が来なくなる。
 そういうものなのだ。
 
 
 さて、いつも奇数で詩をお出ししているのだけれど、
 だいたいは5篇。
 1ページで写真を絡ませてと考えたとき、
 ページの重さや長さからいっても適当だと思う。
 でも今回はどうしても外せない詩がいっぱいあって、木村さんのが9篇。
 ほぼいつもの倍だけれど、どうしてか、そう長くは感じないんじゃないかと思う。
 それから、投稿作品の中から耀乃口穰さんの詩がセレクトに。
 耀乃口さんの詩は毎号良くなってきているんだよね。
 この詩は読みやすいし読ませるし、
 ラストも文句なく決まっている。セレクト。
 
 というわけで10篇の詩をお楽しみ下さい。
 新しく
サイトマップや、
 
サイトシーイングという雑誌感覚のリンク集がメニューイン。
 とここまで書いて、
 あ、木村信子さんの特集、4月にやっちゃうんだよなあと思ったり。
 もちろん偶然なのだけれど、どうしてだろう?
 なんの話かは木村さんのサイト、
Epilogueで探すとわかります。
 
 

 text●木村ユウ


 
 
 
 
 
 
 
 


photograph : :
ni-na 
 
 
 
スカート

                 木村信子
 
 

スカートになって
母の燃え切らなかった血を集めて包んだり
父の残して行った恥をくるんでなぶったりしても
まだ悲しい空間がのこるので
いっそのこと縫目をみんな解いて一枚の布になって
はたはた風に鳴ってみる

 
The Skirt.








 
 

 photograph : : HANATO

 
                 木村信子
 
 

 わたしはおとこに足を洗ってもらっている
 ぽちゃぽちゃ水音させて
 おとこはていねいに洗ってくれているのに
 わたしの足はちっともぬれないので
 おとこの手もとをみると
 まだ泥のかわいていないみずみずしいだいこんを
 おとこは二本ならべてかわりばんこに洗っている
 おとこがふっと上をむいて
 わたしと目が合ったとき
 わたしの足に水がとび
 ああつめたいとおもいながら
 おとこになんにもいわず
 おとこはなんにも気づかず 
 
 わたしの足は
 だんだん病気になってゆく


 Legs.














 
 
 
 
 

 

白木の位牌
                 木村信子
 
 

その村ではこどもが生まれると白木の位牌を作って仏壇に供えて
そのこどもが大人になって家を出る時や嫁入る時にはそれを持たせてやる習わしなのだ
そして死ぬとそれに戒名を書き入れるのだ 
 
ある時わたしの家の仏壇に猫が上ってじゃれて
妹の位牌を倒した
すると妹はしなしなと崩れて死んだ
 
他所の村では人が死んでから位牌を作るので
大人は大きくこどもは小さいのに
この村ではこどもで死んでも大きな位牌だから
余った分はどうするんだと祖母に聞いたら
それは向こう側でちゃんと大人になれるから大丈夫だと言うが
ひとりぼっちで大人になる妹が可哀想だとふたりで泣いた
 
めったに位牌が倒れる事件など起ったことがないので
不思議がりながら調べてみると
仏壇の天井から赤い紐がぶら下っていて
きっと猫がその紐にじゃれついたのだと話しながら
その紐を切ろうとすると
猫が飛び出して来てわたしの手に噛みついたので大騒ぎになって
祖母が猫のしっぽを踏んだので
猫は余計強く噛んでわたしの指を一本食い千切った
 
わたしは命に別状はないが
噛み切られた指一本の戒名も書いてもらえるのだろうかと聞くと
祖母もそんな事までわからないと困った顔をした


A mortuary tablet of plain wood.






 
 
 
 
 

 photograph : : HANATO

こっ
                 木村信子
 
 

炎の底に横になって燃えている
もう肉はきれいに落ちて
白い骨だけになっている
となりにだれか
わたしとおなじ人がいて
もうこれでお別れですねといった
骨のどこかがこっ、と鳴って
ぜんぶくずれようとしたとき
あっ、わたしが終わるんだと思った
 
あれは
炎の底のようでもあるし
滝の底のようでもあるし
熱くも痛くもなく
 
こっ、という音が
いまでも
ふうっときこえたような気がするときがある


" Kott, "







 
 
 
 

いびつなボール
                 木村信子
 
 

いびつなボールがころがってきた
なげ返してやった
のに、受けとりそこねた少年が
ぼんやり立っている
せっかくなげ返してやったのに
とりそこねたのはきみなんだから
ひろうぐらいしなさいね
ねえ きみ、
ひろいなさいってばあ!
いくら言っても動かないので
ひろって、渡すつもりで
そばまで行くと
豹の毛の山羊が
首も動かせないほどみじかくつながれている
 
これは見せ物だよ
このへんの名物だよ
あんたもこれを見に来たんだろう
番人がそう言う
でも、いくらなんでも
これじゃひどいよ
水も飲めないよ
いいんだよ
これがこれの受けてる刑罰なんだから
 
(刑罰なんだから?) 
 
わたしは何をしたのだろう
(これがわたしの刑罰なんだから)
さっきまではわかっていたのに
水が飲みたいなんて思ってしまったから
 
いびつなボールは
もっといびつになって
またころがってくる
 
わたしの刑罰は
もっと酷くなる


Warped ball.






 

 photograph : : ni-na 
 
 
 
 


病気
                 木村信子
 
 

これからわたしは叔母の葬式に行く
わたしが病気だったときに無関心だった叔母
ほかの叔母たちがいじのわるい小言をいうときだけ
いっしょにさわいだ叔母
わたしの病気があおいまま、まだ
ぶらさがっているあの木の下を通って
行く
わたしの病気が鳥になって飛んでゆくゆめを
なんどもくりかえしみる
 
鳥はうっすらとぬれていて
みょうがの葉の匂いがしている
木の下に群生するみょうががざわめく
いく重にも交差してわたしがざわめく
 
食い女がやまもりの蕎麦をつゆもつけずに食いつづけているだろう
泣き女が下手な泣きまねしてるだろう
わたしが行ったら
世話やき女がとつぜん足を出して
わたしはころぶだろう
そのひょうしに古井戸へ落ちるだろう
井戸の中から
病気が鳥になって飛ぼうとしているのを見るだろう
 
だんだんぼけがひどくなるということを、
何年も前からきいている
あの叔母に、もうどのくらい会ってないだろう
こうでんのこともお花のことも気にしいしい
これからわたしは叔母の葬式に行く


Illness.






 
 
 
 
 

光る
                 木村信子
 
 

母のいちばんやわらかなところで光ってみた
母は目をさまさなかった
のでもっと強く光ってみた
だんだん自分が痛くなったが我慢して光っていた
するとあたりが白く透けてきて
母は灰になりかけているのにまだねむっていた
 
そしてわたしはその灰の中で目がさめた
わたしのいちばんやわらかなところで
母が光っていた


Shine.






 
 
 
 

 photograph : : HANATO
 
 
 
 
 


                 木村信子
 
 

わたしは手相を見てもらっている
─ほらこの線をごらんなさい
幾枝にもわかれている線を指でたどっていくと
一本の樹になった
なつかしい思いのする樹だ
でもどこにあったのかおもいだせない
─あなたはこの樹のてっぺんへのぼって
 まずたんねんに四方を見わたせばよかったのですよ
 そうすればわたしのところへなどききに来なくても
 自分の目でみつかったはずですよ
なつかしいものがこみあげてきて
泣きだしてしまいそうだ
なのにどうしてもおもいだせない
─もういくら思っても考えてもだめですよ
 あなたはこの樹にのぼることさえ考えたことがないうえ
 こんなところで他人のわたしにこんなふうに見せてしまって
 この樹を辱めてしまったのですからね
ばりばりばりと音がして
樹がたおれた
 
ほこりっぽい街角で
わたしは手相を見てもらっている


A tree.






 
 
 
 


 photograph : : s-ken 
 
 
 
 
 
 
 
                 木村信子
 
 

ははの骨は
やいてからもずっとももいろのままで
ちちの骨はとっくに枯色になってしまって
それでもちちはいっしょうけんめい生きていて
わたしの骨はあおじろいままそだちこじれて
 
 
ちちとわたしは
ははのももいろの骨のことばかりおもっていて
それをかくしあっているので
ときどきたまらなくなって
わたしはちちの枯色の骨にかみついて歯をおったり
ちちはわたしのあおじろい骨をおまじないでもするようにさすりながら
だらしなくないたりする
 
わたしはこっそり紅をもちだして
じぶんの骨にぬってみる
紅をぬっているときだけ
ははの骨のぬくもりとおなじようにおもえて
ぬりつづけながら
ちちの骨にも紅をぬってやろうかとおもってみて
そんなおもいがとてもはずかしくなってくる
するとそのはずかしいぶんだけ
わたしの骨はほんとうにももいろに光るのだ


Bones.







 

   photograph : : ni-na 
 

  「骨」詩集『木村信子詩集』(1971) 所収  「スカート」「白木の位牌」「光る」詩集『おんな文字』(1979) 所収
  「足」「こっ、」「樹」詩集『角記-Kadoki-』(1987) 所収  「病気」『詩学』 1998年 11月号所載
  「いびつなボール」Norra's Page "Epilogue" Epilogue(15) 2000年夏
 
  木村信子さんの了解を得て転載しています
  掲載元 
http://www2u.biglobe.ne.jp/~norra/ http://www.interq.or.jp/www1/ipsenon/
 
 Special thanks to イプセノン社


 
 
 
 
 

 

 
 
 
 
 

 

 photograph : : HANATO


 
 
 
エジプト の 包み 紙
 
 
                     耀乃口 穰
 

きのうきょうと会社を休んだ
熱が上がったり下がったりして 目が回るので
風邪ということにしたが ほんとうはあやしい
昼間から浅く眠っていると 一時間おきに目がさめる

6年ほど前 エジプト旅行のお土産に
包み紙をもらった
いや エジプト旅行ではなくて
ヨーロッパをぐるりと回ってたどり着いたのが
エジプトだったのか
紙に土産が包んであったのではなくて
包み紙そのものが土産だった
「ブックカバーにでもして」
と言われて友人から受け取ったB3を
わたしは広げて部屋の壁に貼った
いまもそのままにしてある
ベッドにごろりと横になって
視線をずらすと オシリスと目が合う
顔色の悪いオシリスから
目をそらすと  イシスと目が合う
イシスの真っ黒なアイライン
エジプトの旧い神が
オールスターでプリントされている包み紙
黒い犬のアヌビス
細長く湾曲した嘴は トキの頭のトート
――誰がトキに知恵を授け
  誰が雄鶏に分別を与えたのか――
雄鶏が夜明けを知らせるように
トキはナイルの増水を告げる   わたしは、   

パピルスの野に舞い上がるトキの群れを想像する
強くせき止められて
いまではもうあふれることのない河の流れが
町並み ピラミッド 砂漠 耕地を 満たすのを待って
たくさんの水や、泥をかき混ぜながら潜り、巡ると
そこにやわらかく
雨が止んだら という言葉が浮かびあがる
泡のように いくつも連なりながらのぼる泡のように
雨が止んだら 霧が流れたら そのつぎは
雲が切れて 青い空がのぞいたなら とつなげたい
窓の外はあらかじめすっきりと晴れているのだけれど
そうなればきっと気持ちがいいから

エジプトに行った彼女は
いまはきっとロシアにいる
「ロシアの男ってまじめなのもおるんやけど
 ウォッカ飲むからアル中が多いねん」
ホンマやて、と、笑った関西弁が聞こえる
彼女は4年間てつがくをやったあと
ロシア語をはじめた
わたしは4年間てつがくをやったあと
会社員になった
仲間には 同じように働いている子もいるし
家の仕事を手伝っている子や
職につけずにいる子もいる
まだてつがくと付き合っている子も……
皆この包み紙を受けとったはず
今でも持っているのは多分わたしだけ でも
「ねぇ」と わたしは呼びかけてみる

きのうときょう、わたしは半ばいかさまの病欠
あなたは今日をどうやってすごしたの?
突然だけど最近どうしても思い出したいことがある
あなたなら知っていると思うの
「私」は他者に対して無限の責任があるのだ、と
そんな途方もないことばがあったはず
いまどうしてもそれを詳しく、やりなおしたくなった
なんだかたくさん詫びたいことがらに苛まれ
わたしはいまだにこんな具合なのです ねぇ

ぼんやりと わたしは
まどろみ続けた一日の最後にぼんやりと目を開けて
ハイダムが建設されてのち、エジプトの土は確実に痩せた
だからといってきっといまさら
あふれさせるべきではないその岸辺からさらに
ふたたび目を閉じて
かきわけて泳ぎ または低空をすべり
いまは水源よりもむしろ河口へと
眩むような波のひとつにまぎれて
あざやかに  ――下る夢を、 見たいと思う
















 photograph : : HANATO



 

  
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