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最終号 木村ユウ「さかみち」特集
詩について話したり書いたりすることを、
僕は一時期から極力避けるようにしてきた。
 
理由は単純だ。
僕にはどうしても書かなければいけないものがあったからだ。
詩について、を考えたりしていると、
「最後の一篇」を書ける可能性が、
物理的にも、精神的にも少しずつ削り取られていく。
 
僕は生身の人間だ。
 
ある人を亡くした。恩人というより、親のような人だった。
火葬場から運ばれてきた骨を見て
みんなが小さな声で言っていた。
 
「赤い」
 
「赤いね」
 
焼かれてから数時間も経っているというのに
僕がそれに触ると、まだ温かかった。
赤といっても実際には、もっと薄い色だったと思うが、
とにかく普通のものには僕には見えなかった。
骨が赤いなんて、どうして?
 
数年間、僕はそれについて考えていた。
僕は文章で身を立てる決心をしていた。
二十八歳。あまりに遅すぎていた。
 
僕は全てを放り投げる他に道はなかった。
あの骨のことを考え続けていた。
とうとう観念し、ある日の夜、
車を運転しながら一人呟いた。
書くよ。それでいいかい。
 
この詩群はそうして書かれたものである。
死へ追いやった者への復讐が、初めの僕にはあったことを、
ここに正直に書き記す。
しかし、不思議なことに、
登場人物である華代子と椿の愛情というものが、
書き手の僕を変えてしまった。
人一人が大人になるには、
その背後にどれだけの人間の愛情が必要かも、少しわかった。
 
さかみち───。
この物語全篇に渡って隠されているもの、
それは、幸福になるための道標である。
 
all text & poems 木村ユウ

 
 
 
 
 
 
 
 

さかみち 木村ユウ
 
   
 
 
 
 
 
 

 
 
テラス、その水の匂い   
 
 
六月の明るい雨の午後
道路脇のどうでもいいようなあじさいの花を
僕は車の中から見ている
 
今日は休暇をとり
わすれていた自動車税を県税事務所に支払いに行き
途中でこまごまとした買い物をした
いまはその帰り道というわけ
 
どうしてこんなに雨ばっかり降るんだろう?
ああそうか
六月だものな
六月は雨ばかり降る
僕はそれほど嫌いでもない
 
割と気分も落ち着いたものだ
僕は少し上半身を痙攣させる
 
この吐き気は相変わらずだったが。
僕は口に出して言ってみる
おい、長いつきあいになりそうだな、と
 
自転車に乗った高校生たちが通り過ぎていく
傘をさしている者なんかひとりもいない
男も、女も、ひとりも。
ああいうことが確かに楽しい年齢なのだ
それで
濡れたブラウスに透けたブラジャーとか
前髪から落ちるしずくとかを意識したりしているんだろう
 
県道は渋滞していて
僕は歩道に跳ねる雨を見ている
 
思い出すのは
あの坂の上にある華代子の家
子供の頃
こんな雨の日
僕はテラスの
軒下にすわって
華代子が仕事から帰ってくるのを何時間でも待っていた
 
大きな古くて深い瓶がそのテラスにはあって
水がたくさん溜まっていたんだ
金魚がなかにいたが
雨の日には下の方に潜っているのだろう
猫と二人で覗いてみたけれど水草がいっぱいで
底の方はよく見えない
 
その瓶の水面を跳ねる雨のしずくや
ひろがっては消えていく波紋と
雨だれ
水の匂い 
 
やがて何時間かして
表の方からシトロエンが入ってくる音が聞こえてくる
真っ赤なシトロエン
華代子はマニキュアなんかしたことはなかったけれども
あのシトロエンに乗っているところは
まるで真っ赤なマニキュアをしているように見えた
 
車のドアが閉まる音がして
今度は家のドアがひらいて閉まる音がする
それから鍵かなんかを
かちゃかちゃとテーブルに置く音
僕を呼ぶ華代子の声
 
僕は気付かないふりをして
やっぱりそのまま雨だれを見ていたよ
 
ちょっと説明が必要だな
華代子はね
僕をひきとって面倒をみてくれた人なんだ
たった一年のあいだしか一緒には
いられなかったけれどもね






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幌つきフィアット
 
 
僕は朝の歩道を歩いていた
流れるフェンスの向こうに
大勢
人が並んでいるのが見える
消防署の人間が壇の上で何か話している
まいったな、と僕は下を向いて思う
面接の時に消防訓練か
心底参る
会社の玄関へ行くには
あの前を通らなければならないのだ
 
僕は背筋をのばす
会釈をして彼らの前を通り過ぎる
制服を着た女性社員たちが軽く頭を下げる
男なんか一人も下げない
というよりは、こちらを見ていない
  
僕は会社の玄関へたどり着く
ドアはガラスで
奥にもう一枚、ガラス戸が見える
 
僕はゆっくりとそれを開ける
ジュラルミンの
アタッシュケースを
ガラスへぶつけて割らない為にだ
中は電気が落とされていて少し暗い
誰かがカウンターにいる
僕の背後から
まだ朝の光が
二重のガラスを通して射し込んでいる
その誰かの胸元へ射す
 
お早うございます、とその女性は言う
次々にシーンは変わっていく
僕はカウンターで名前と用件を言う
記名を促されボールペンで自分の名前を書く
彼女は立ち上がり、少し手を広げる
 
今度は二人で消防訓練の後ろを通る
「やっと晴れましたね」と、
彼女は僕に笑いかける
 
僕はそうだったっけ、と思いながら「そうですね」と彼女に言う
彼女は歩きながら胸元に手をやる
胸の名札に難しい名が書いてある
ずいぶん髪の多い人だなと僕は思う
 
 
そして僕は面接を受けた
面接は───
うまくゆかなかった
自分がいかに役に立てるかということを
しゃべりすぎたせいで、
ハードルを二つも三つも上げる結果となった
役員を呼ばれてしまい
「思っていたのと違うな」とまで言われた
いつもの、雰囲気でだめだろうというのではなく、
はっきりと言葉で言われた
時間がないんだよ君、という顔だ
こんなところに僕の席などあるわけがない
そこまで腹を立てられる理由が僕には分からないが。
まあ、早くていい
次の場所……
 
次の場所?
僕は信号待ちの幌つきフィアットで
 
自分が今面接を受けてきた会社の前を
ゆっくりと通り過ぎる
そしてさっき僕を案内してくれた
彼女の顔を思い出す
茶を持ってきてくれた時の顔と
差し出した手首の白い裏
茶なんて出るのかここは、と僕は思っていた
胸の名は
切敷と書かれていた
 
会社が終わって
彼女が通りそうな場所で
待ってみる?
まさかだろ
 
早く帰って、何か食べよう
どうしようもない
何か食べないことには






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パンジー  
 
  
僕は思っていた。
子供が母親も失って、アルコールづけの父親も失って、
知らない人間が背広を着て(ひげを剃ったあとの毛穴が見える)
家の中を見ているようなとき、
子供は窓からせまい庭を見ているだろうな。
せまい庭には歌いながら種をまいたパンジーがはじっこに咲いていて、
薄い花びらが風に揺れてるだろう。
歌を歌いながらまいたパンジーの種。
 
朝には児童相談所の相談員が来ていただろう。
自転車に乗って。
どうしてわかるかというと、
呼び鈴が鳴る前に自転車のブレーキの音と、
かたんという音が聞こえたから。
でていった後もかたんという音が聞こえた。
背広を着た連中は押し入れまで開けていった。
でもちらっと眺めるだけ。
 
子供はひとことだって喋らないだろう。
誰もが帰ってしまった後でも、車の音が近づく度に、
部屋で体が固くなったりするだろう。
外は明るい雨が降りだしていて、
ここはもうでて行かなきゃならないから、
庭に下りて、シャベルを探した。
銀色のシャベル。
子供は手が雨に濡れてるのをじっと見ているだろう。
穴を掘ると手が泥だらけになって、
すこし雨に手をのばしているだろう。温かい雨だったから。
子供は、
パンジーをその穴にうめて、ついてきちゃだめだよ、と言った。
庭に近づいてくる、ゆっくりとした靴音。
もう、どこに行くかわからないんだからね。






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深い沖に
 
 
「あのね、私───、シュラフ&シュラフにいたの」
シュラフ&シュラフ?
「お店にいたんだ」と僕は言う
「そう」
「美人だから引き抜かれた?」
「そう……」と言って切敷さんが笑う
「私って、オードリー・ヘプバーンに似てるよね」
向こうにすわっていた課長が突然、「すごい事言うな切敷さん」と言う
僕は「熱があるのかも知れないですね」と言う
切敷さんは下を向いて顔を隠しながら笑っている
「みんなひどい」
僕は彼女の目を見ながら笑う
切敷さんは鼻にしわを寄せ、
こんなに笑ったのは初めて、という顔で声を押して笑う
僕にその顔を見せている
豊かな髪
 
僕は少し既視感に見舞われる
しかしそれはすぐに消えてしまう
僕は額に手をやる
笑う虫のおさまった切敷さんが「大丈夫?」と聞く
尻尾は闇の中へ消える
 
生きている意味は───
ないのかも知れないと思っていた
あまりに深い沖まで
僕は漕ぎ出していた
ここまで漕ぎ出す必要があったのか
わからない
もう戻れないのだということだけは、ただただわかった
僕は何度も振り向く
しかしそこにはもう誰もいない
闇を越える
子供のころ恐ろしかった闇が
今はりんりんと鳴っている
人生の苦しみが伏線に過ぎないことを
静かな海が教えてくれる






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白、赤い椿
 
 
プレハブの会議室に一人で
コピーした書類を机に並べ丁合いを取っていた
外は雨が降っていた
皿洗いも、楽しいものだ
 
ドアは開けたままにしていたが
物音がした気がした
僕は作業を止めて歩いて行き
そこから廊下を覗いたが
外から雨音がしているだけだった
 
僕は足元を見た
僕が作業している机を振り返ってみた
いま切敷さんがここにいたということだけが
ただわかった
 
なぜそう言いきれる?
さあ
僕は何も考えなかった
作業へと戻った
気が付くと、
丁合いが取り終わっていたので
一部ずつホチキスで留めた
雨が強くなっているようだった
僕は何か袋でもないかあたりを見回してみた
物入れを開けてみたが使えるようなものはなかった
仕方なく上着を脱ぎ
ホチキスで留めた書類をそこへ包んだ
倉庫から玄関まで屋根がないのだ
傘を持ってきていない、というより
傘というものを持っていない
僕は会議室から出て包みを胸で抱え
雨の中を急いで玄関へ歩いた
でも何歩か進んだところで
口を開いて下を向いてしまった
こんな時に何だ
僕は一歩も動けないまま
包んだ書類を濡らさないようにかがんだ
白い空が回る
 
本社の玄関が音もなく開き
真っ赤な傘を両手で開きながら、
切敷さんが雨の中を飛び出してきた
それを僕は見ていた
ほんと、───赤い椿だ。
 
彼女は僕に傘を差した
腰が触れたのがわかった
僕は片手を膝につき息を整えていた
起き上がった
赤い傘の内側に
スティールの細いシャフトと切敷さんがいた
思っていたよりも、
彼女は背が低いことがわかった
「どうして頼らないの?」と切敷さんは言った
僕は、声を出すのは難しいことと思われた
 
少しずつ玄関へと歩いた
どうして頼らない、って
どういう意味だ?
途中で完全に息が上がってしまい
僕はまた片手を膝についた
切敷さんはかがんで僕の頭の上に傘を差し続けていた
僕の足元を見ていた
明るい雨に包まれていた
銀色に光る雨が、
僕たちのまわりに降っていた






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火葬炉
 
 
ウィスキーの壜をテーブルに置いた
ソファにぐったりともたれかかった
ただのグラス
薬の入った籠
他には何もない
 
医師は言う
お酒、飲んでいるの?
僕は答える
ふうん。酒を飲んでちゃな───
 
僕は体を起こしてウィスキーをグラスに注ぐ
切敷さんの目を思い出す
声も
思い出す
視線を落としぎみに僕の名を言う
僕の名前を呼ぶ時
声に薄くヴィブラートがかかる
 
───あぶないから来ちゃだめだよ
 
僕は手のひらで、さえぎるように一度振る
そうだよ、危険だ
僕は華代子が火葬炉から出てくるまでの間
ずっとあの轟音の
鉄の扉の前に立っていた
目の奥底まで灼け
首がかくりとした
塵ひとつないコンクリート
小さな女の子が入り口でこちらを見ていた
あぶないから、
来ちゃだめだよ
女の子はずっとこちらを見ていた
小さな手をぎゅっと握りしめて
 
僕はウィスキーを一口飲む
なんだかいろんなことを思い出すよな
 
僕は何度か───バルケッタで行ってみたのだが
見つけられなかった場所がある
トンネルを出た瞬間に海の広がっている場所だ
華代子は
僕が一度も海を見たことがないと知ると
七月に入った休みに
僕をシトロエンの大きなシートへ乗せ
窓を開け放し
サングラスをかけ
海へ向かった
 
東京を通って左手に海が見えたわけだから
三浦か葉山か逗子とか、
鎌倉の手前には違いないと思うのだが
結局どうしてもあの場所が見つけられなかった
地図を辿ってもわからない
あるのは八ミリフィルムのような
僕の記憶の映像だけだ
いくつかのトンネルを通り
白く輝く最後の出口を抜ける直前
いつも僕は華代子の口許を見る
音はしない
だから何と言っているのかずっとわからずにいた
映像を凝視する
唇が動く
 
ほら
ついたよ
 
次の瞬間、
彼女の横顔の向こうに圧倒的な青い海が広がっている
その後のことは憶えていない
 
あそこへ行きたいんだよ
あそこには、
何か
何かが






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僕を呼ぶ腕
 
 
華代子は僕にいろいろな話をした
たぶん僕しか打ち明ける相手もいなかったんだと思うが、
それは信頼関係であり
年齢は関係のないことだった
結婚してすぐに相手の人を亡くしていた
交通事故だった
その時のことも話してくれたが───、まあとにかく
華代子のお腹には赤ちゃんがいた
産むことを、みんなに反対されたと、言っていた
私は何があっても産むことを決めていたの、と華代子は言った
ぽろぽろと涙が出るので、僕は枕元の紙を華代子に渡した
ひとしきり泣いてからまた続きを話した
 
杖をついて、片手でどうやって赤ん坊を抱くつもりだって、
それを言われた時、私は手を離してしまったの
今思えばそんなことどうにだってなるのよ
でも、私では不幸にしてしまうかも知れないんだなって……その時はね
体に力が入らなくなってしまって。
どうしても産むというなら、育ててあげるから手は離しなさい、
それがお母さんとの約束だったの
 
僕は毎晩、その眠る前の話が終わると───
いつも華代子の腕を見ていた
ひと言を待っていたのだ
おいで、と。
 
黒い大きな車で家に来ていたのは
華代子のお兄さんだった
たまに小さな女の子を連れていた
聞いたわけではなかったのだが、
この子がそうなのだと、子供心にわかっていた
お兄さんは背が高くて、
僕を見るとにっこりと笑い、頭を何度も撫でてくれた
そうだった。
僕はあのお兄さんも好きだった
 
華代子とお兄さんは時々言い争いをすることがあった
僕は大抵テラスに出ていた
あの時もやはり言い争いになっていたのだと思う
僕はなぜか、立ったまま口論する二人の間に
両手をついてすわり込んでいた
動けなくなっていたのかも知れない
お兄さんの轟くような声が華代子に言った
「出て行け」と。
 
僕はその瞬間にお兄さんの顔を見上げ
あらんばかりの声で叫んでいた
「お前が出て行け」
お兄さんは驚いた顔で、
両手で僕を高く持ち上げた
僕はお兄さんの顔を見下ろしていた
その時のお兄さんの目をはっきりと思い出すことができる
お前もか?───
そう言った
 
口髭が震えていた
忘れることができない






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六月、カフェ
 
 
僕と出会ったころ
例えば、
まるで花の匂いでも嗅ぐかのように、歩く
伸びてるみたいな爪先
君はスカーフに手を
 
僕と一緒にいたころ
うつむいて歩く
バスの窓から見たことがある
ショルダーバッグのストラップに手をやって
うつむいて歩く、君の姿を
 
椿。
 
聞いた話じゃ
語学の学校に通っているそうじゃないか
そっちのアパートじゃ───アパートってフランスではなんて言う?
フランスだって? と僕は思う
いや、よそう
ひとりでいるのか聞きたかっただけ
パリ
 
そのなんとかっていう学校の帰りには
やっぱりカフェとかに寄るのかな? パリだもんな
飲み物は何を注文するんだろう?
パリで街を歩くときは、
みんなペリエの壜をよけながら歩くって、ラジオで言っていたけれども
あれは日本向けの冗談なんだろうな
君は下を向いて歩くから
教えてほしいな。そういう、ほんとうの
ところをさ
 
君は
自分のことはもう、言いたくないだろうから
聞くのはよすよ
くだらない発泡水の壜のことなんか話したかった訳じゃない
君が逃げだしたのも仕方がない
僕は
 
僕はといえば、
ひとりでいる時
物の食べ方が少しおかしい
 
 
「香水はね、ヴァン・クリーフ・アンド・アーペル」
「そう。」
「いやじゃない?」
「どうして? いやじゃないよ。素敵だと思う」
「うん」と椿は指先に視線を落とす
「とてもね」






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白葉書簡
 
 
君がパリへ行かずに
倒れていたことを、その手紙が僕に知らせた
わたくし、と手紙には書かれていた
───後悔というものは品のないことだと
それでも悔いていることがわたくしにはあります
どうか
 
椿は少し元気を取り戻しています
口には出しませんが
あなたを待っているのだろうと思います
こちらではたいした話もしていません
わたくしが勝手に書いていることとお許し下さい
いつも余計なことをしてきたわたくしですが
この度も余計なことをしてしまっているのだろうと思います
でもこれが少しでも手助けになるとしたら
そう考え筆をとりました───切敷白葉
 
僕は封筒の差出人名をもう一度見た
ハクヨウって、この人か
華代子のお母さん?
しかし
そうだよな
航空券くらい、
自分で買って行くのに
僕は同封されていた航空券入れをめくり、
見つめながら思った
倒れた?
椿?
少し唇が震える
僕のせいだ
胸の中で君の名を呼ぶ
何度も、
 
何度も






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坂道 
 
  
華代子は覚えている?
 
僕達がはじめて出会ったときのことさ
あの日は五月の明るい雨で
僕の父さんの葬式でね
 
ヒールの近づいてくる音。華代子の突く、細いステッキ。
 
僕が見上げると
にっこりと笑ったよね
ああいう日は嘘でもいいから
もっと神妙そうな顔をするもんだぜ
普通は
 
僕はいじけた根性で
華代子のその申し出を丁寧に断った
僕は一人で生きていくんだ
今までだってずっとそうだったし、
これからだってそうさ
 
華代子は僕の横に座り込んで、まったくそのとおりよ、と言った
そしてハンカチを出して、僕の手の泥をぬぐった。
  
しばらく二人で軒下から雨を見ていたと思う
そしてその華代子の細いステッキが気になった
 
「どうしてそんなものを突いているの?」と僕は言った
「どうしてかな? いっぱいいろんなところに行けるように。
杖を突いた人はきらい?」
 
僕は慌てて、そんなことないと、言った。
とても素敵だよと言った。
本当にそう思ってしまったからなんだけど
ばかなことを言ったと、すぐに後悔した
 
華代子は立ち上がって
僕にまっすぐ手をさしのべた
私の家に一緒に行こう。
そしたら、美味しいものを作って……
それで、二人で食べるの。きっと楽しいよ。
 
僕は
 
いろんなことを考えるのはずっと一人だったからなんだ
だから、もう、考えるのを止めて
目の前に差し出された華代子の手を、ただじっと見つめ、
そして握った
 
二十二年前の雨の五月、僕の人生は変わって
そしてまたその時が来ている
 
人生を大きく変えるのには、ほんの少しの勇気が必要なだけだ
坂道をひとつひとつ上がっていく
この先に何が待っているかなんて
どんな人間にもわかりやしない






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Coral
"珊瑚/木村ユウ" 2008 Poetry Japan
All texts c
opyright 2011 You Kimura
 
 
 

 

 

 
 
 
 
 
  
 
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   2011.9.1 最終号発行
 
 
 
  
 
    詩ネマシリーズ

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