詩・モード  Z a m b o a  volume . 16

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布村浩一特集











今月の select contents
 
●特集 布村浩一
バッドニュース・グッドニュース

伊豆弓ヶ浜
雨のふる大通り
今日は終わる
 
耀乃口穰『パルス・ウィーブ』
 最終回
 
 
もう何年前のことかわからないけど、
僕は風邪をこじらせて一週間会社に行っていなかった。
もちろん風邪で会社を一週間休むやつなんかいない。
僕は会社の自分の机で、
じっと座っていることができなくなってしまったのだ。
もう五分たりともそうしていることができなかった。
目の前の全ての色がすうっと抜けていき、
やがて天井がぐるぐると回りだした。
こんなところにはもういられないと思った。
だから会社を休んだ。
 
僕は朝、車を郊外まで走らせ、
書店の開く十時になるまで広くて長い土手に駐車しているか、
あとはファミリー・レストランに行った。
僕は郊外の(それもできたばかりの)ファミリー・レストランの
駐車場がとても好きだ。
できれば人がいなくて空気のきれいな午前中に行くのがいい。
まだ新しいアスファルトが靴の裏にごつごつする感じや、
静けさや、
落ち葉が風で動くときの、かさっという音がくっきりと聞こえたり
新品のごみ箱が並んでいたりするのが好きだ。
 
誰も客のいないファミリー・レストランでは、
ウェイトレスが絨毯を歩く足音がちゃんと聞こえる。
オーダーを取る声も気のせいか囁くようになる。
あと料理を運んでくるときのかちゃかちゃという気持ちの良い音。
まるで早朝の空港にいるみたいだと、
僕は新しい窓ガラスの向こうを見ながら、なんとなく思った。
 
布村浩一の詩を読んでいると、その時のことを思い出す。
誰とも話をしなくていい、
誰からも何も求められない、
その時に嗅いだ、あの空気のことを。

 
text●木村ユウ
photograph●ni-na  











 
 photograph : : ni-na  
 
 
 

バッドニュース・グッドニュース 
 
 
 
曇りの、湿っている
街がみえる窓ガラス
すべての葉が落ちている
木の
骨のような
枝がみえる
東京に帰ってきた方が
ホッとすると思った
正月から二週間が過ぎて
ぼくの心は
この街と平行に動いている
 
「ふつう」という考えも
硬すぎるもののように思えて
ぼくの胃は当たり前に動きはじめている
テーブルの上のコーヒーカップをにぎりながら
「ふつう」のすべり落ちていく 夕方の
明かりが点々とした 
街をみている
 
街の大きさの半分だけ 明かりがついて
あとの半分は
明かりをつけずに 
じっとしている
これからゆっくりと
動きはじめるのだ
読みつづける一九七四年の「日の駆けり」という

古い文字
古い「  」
読みつづけた
過去は超えられたのではなく
ただ過ぎてきたのだと思った
 
東京には
とにかく
湿った葉のような
親類が
叔父さんや叔母さんが
いない
それだけでもいい
ぼくは一人っきりで街が夜に変わっていくのを
みていることができる
今日はいつまでもホッとしていることができるのだ

 

 photograph : : ni-na  
 
船 

 
 
日曜日
喫茶店は人でにぎやか
家族づれ
友人同志
ケーキを食べている
ケーキを口に運んでいる
 
目的地はここだといったら船員たちは驚くだろうな
風がない
波がない
来た所も
行くところも
告げなかった
目的地はここだといったら驚くだろうな
次はいらないのかと言うだろう
 
喫茶店の三つのテーブル
グラス
会話が流れ とぎれ
ショーウィンドをのぞく人間がいる
おばあさんはすぐ注文してしまう
おばあさんはもう一回抹茶アイスクリームを食べる
おばあさん こんにちは
風と結べない

 
  ● ● ● 
 
 
 
 
 
 
伊豆弓ヶ浜 
 
 
駅のホームに
伊豆弓ヶ浜と書いてある
劇場から出てきた
そのあとで
駅のホームで
伊豆弓ヶ浜という文字をみつけた
クギのようなもので
書いたのだ
ペンキが削られて
三軒茶屋の上がりホームで
みつける
劇場では七人目の女が服を脱いで美しい背中をみせる
水のそばの物語だ
となりの席にすわった女の厚化粧の臭いに耐えながら
うつくしい背中をみつめていた
ぼくは劇場のそとの広場で三本の煙草を吸いながら時間をつぶし
エスカレーターにのって
らせん状に上がりながら
この劇場にはいってきた
水の噴きだす場所のそばでおこなわれる
ひとたちのゆっくりとした動作をみていた
しゃがむ男
立つ女
みつめる女
伊豆弓ヶ浜という文字が彫られている
三軒茶屋の上がりホームで
もうすぐ電車がやってくる
何もおこらない
何もおこらないことにおどろいている
次ぎ次ぎに立ち上がって
舞台の上から去っていく
ひとたちのゆっくりとした動き
電車が大きくなる
電車が停まる
電車が大きくなる
ぼくはアッという間に乗ってしまう




 photograph : : ni-na  
 
 
 
 









  pagetop / contents

photograph : : ni-na
雨のふる大通り 
 
 
雨のふる
駅前の大通り
車が走っていて
傘をさす人たちが歩いていく
久しぶりの雨だな
ぼくは約束がすべて終わって
次は何が起こるのだろうと
くらい曇った空をみつめている
 
別に何が起こらなくてもいい
こうして窓の大きなビルの二階から
車の移動や
終わらない雨をみているだけでもいい
普通の人になるという物語が
あと少しだけ残っている
それがなくなったら
ぼくはもう
何もないな
1970年の暗い空から歩きだす
1970年の透明な夏から歩きだす
それから
30年もたって
普通の人になろうとしているぼくは
雨が降ることだけをみつめている
今日はこのことだけしている
 
思っていることは
次の駅にやってきて
もう幕は降りたということ
席にすわり
雨の、
大きな風景、
をみている
エンド・マークの後の
明かりがつく前の
ホール   
 
傘をさして歩いていく人を五人数えた
もっとたくさん歩いていく
切れることなくつづく
(また、数える)
駅からまっすぐの大通りで
この街に降りた人たちが
雨の降る日の出来事に向かって
歩いていく

 
  ● ● ● 
 
 
 
 
 
今日は終わる 
 
 
「助けて」という二つの声が響いて
九月の三ばん目の週が終わる
一つは抑えた声で
一つは小さく響く声で
 
だれもがふつうの人になって
その後が埋まっていない
これからはぼくはあなたに興味を持たない
はなれていく歩行のなかで
どうしたらあなたに関心を持ちつづけられるだろう
いい仕事なんてほんとはどうでもいいような気がする
見ているうちにあなたは視界から遠ざかり
もう会わない
たぶん
 
七十の照明がともって
とてもきれいだ
だれもが特別な人ではないこの街で
ぼくは激しく太ったり 激しくやせたりして
特別なことをしようとする
大通りで うつむく歩く人にも
激しく太った跡がある
でも どうしたらあなたに関心が持てるのかわからない
 
暮れはじめる街を
車が通りすぎる
そのライトを目で追う
 
ここでやめる
全部が見える場所から遠ざかれば
一つの標識が 一つの家が
一つの明かりのついた道がみえてくる
影にはいってしまえば
ぼくは街の出来事の一つになって
今日は終わる




 
 
 

 photograph : : ni-na   pagetop / contents


「バッドニュース・グッドニュース」 *初出誌「地上」27号 発行2000年4月
●「船」 *初出誌 詩の新聞「midnight press」18号 1995年12月
●「伊豆弓ヶ浜」「雨のふる大通り」「今日は終わる」 詩集「大きな窓」詩学社刊 所収


 

 
   
 
見るために、触れるために、それに忘れるためにも壁に窓を、
それもできるだけ大きな窓を開けて、深く深く息をする。
「一本の単純な力」を確認するために、踏み出すその一歩には不思議な晴れやかさが満ちている。
 
詩集 
大きな窓』 布村浩一
詩学社刊 本体1400円(税別) ISBN 4-88312-199-2
ご注文はこちらまで。お気軽に。
 

 

 


  pagetop / contents  BBS 
  
 







つなぎとめたいもの、取り戻したいものがあります。 ‥‥同じように、
わたしにも。
 

 photograph : :
ni-na 
 

 
 

ガールフレンズ

 
                     耀乃口 穰
 
 
 
ワタシタチは別れるまえに都庁の展望室にのぼった
 
キンとする耳鳴りと一緒に高層階エレベータに運ばれて
家族連れでごった返す都庁四十五階のラウンジに
ワタシタチはやってきた
 
さっき囲んだばかりの中華料理の匂いが
ワタシタチ全員のからだに染み付いて
料理はおいしかったけどちょっと気持ち悪い
 
時間にルーズなメンバーが多く
吹きさらしの中
新宿西口交番前で待ち合わせすること小一時間
 
人気まばらな休日の午後のオフィス街を
ワタシタチは連れ立ってぞろぞろと歩き
ランチのピークを過ぎた
チャイニーズレストランのテーブルに並んで座った
 
 
ワタシタチは
 
「結婚した子がひとりと
 結婚予定の子がひとり」
「男と別れた子と
 男と別れられない子がひとりずつ」
 
冷たいくらげや揚げた春巻き
海老のチリソース
鶏肉の炒め物の皿を
次々と平らげて空にしながら
 
「別れた男とよりを戻した子もひとり」
「親に見合いをセッティングされた子もひとり」
 
デザートのマンゴープリンにスプーンを入れ
胡麻をまぶした団子を口に放り込み
ジャスミンティーを啜りながら
 
「まだ学生をやっているのがふたり」
「家業手伝いと家事手伝いがひとりずつ」
「あとは全員会社づとめ」
「倒産寸前の企業にいる子はかろうじて無事」
 
うるさく笑い合い、じゃれ合いながら過ごした
 
 
展望室ってもっと広いのかと思った

誰かが呟いた
 
意外とこじんまりしてるよね

誰かが応えた
 
でもお台場まで見える。富士山は無理だけど
そう
はしゃいだ誰かもいた
 
 
また別の誰かが記念写真を撮ろうと
カメラ付きの携帯電話を取り出したけれど
西日がきつくてうまくいかなかった
 
ワタシタチは
 
まるでオノボリサンみたいね と言って笑った
 
ワタシタチは別れるまえに都庁の展望室にのぼった
そして降りるときは ワタシタチ をやめていく
その前の
インターバル
 
 
走ってゆくあてはまだ決めていない
わたしはまだ何者でもない
 
わたしはあなたに何かを言おうとしている
それはあなたに通じるだろうか
 
わたしはあなたの指に触れることができるだろうか
それとも手のひらを翻して頬を打つことになるだろうか
 
わからない
 
わからないけれど ただ
いま 静かなあなたの声を 聞きたい

 


 

 FIN

 
 
耀乃口穰のサイト・
The Night Trippers' Lounge  pagetop / contents
 
耀乃口穰の「パルス・ウィーブ」はこれでお終いです。ありがとうございました。
穰ちゃんはもう次の面白い新連載を準備中。新しい試み。
お楽しみに!(木村ユウ)







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   2002.11.1