ザンボア
詩・モード 
Z a m b o a  volume . 3

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 いんこ、解体。



 山羊座・A型・東京生まれ・特技は詩を書くこと
 歌も少し歌える・いちおう大人・離婚歴あり‥‥‥

 今回の詩につける写真のことで返事を待っていると、
 夕方に「おっけいです」といんこさんからメールが届く。
 メールの最後には、
 " いんこ@渋谷公園どおりスタバ " と書かれている。

 僕はそれで、
 彼女がベーグルをほおばっているところを想像する。
 赤い、みじかな髪。
 夕方のスターバックス。
 細い足が少し投げ出すように組まれているといいな。
 かるくひじなんかついて、ハンドヘルド・コンピュータの
 画面を眺めているのかもしれない。

 あのタトゥーがまた肩から覗いていればいいのだけれど、
 風はもう冷たいのだ。

 インディーズレーベルを主宰。
 ネット番組のパーソナリティー。
 夜中にひとりで詩を書く。
 日記に「だってさっ」と書く。
 リーディング・カフェで観客の前に立つ。
 東京の街を自転車で生きている。
 (ギターはどうするんだろう? 
  ギターを持つときは自転車には乗らないのかな?)
 日本最大のリーディング・イベント「UPJ」で実行委員長。
 「ぜったい朝ごはん食べる」

 こんなことを書いても解体することになんかならないのは
 わかっています。もちろん。
 でも、

 さいとういんこは格好いい。      text木村ユウ
  

 
 

 


 photograph : : ni-na








 ウォーキング・オヤジ
 

                    さいとういんこ
 
 
 

 自転車で下北沢の混んでる道
 ゆっくり走ってたら
 ひょこっと前に出てきた 会社帰りのウォーキング・オヤジの足に
 私の自転車の車輪が触れてしまったから
 「ごめんなさい」って言ったら
 ふりかえってすごい目でにらんで
 何だかわからない恨みの言葉みたいな文句を
 たぶん・・・気をつけろとか、どこ見てんだとか・・・だったんだろうけど
 言われた

 自転車の車輪で足をこすられると痛いのは知ってるけど
 そのウォーキング・オヤジは少しも痛そうじゃなくって
 ただ全身で「憎しみ」を私に向かって表現したんだ

 なんでそれほどの「憎しみ」を受けなくちゃいけないだろ?
 くやしい〜くやしい〜と思いながら
 自転車こいでたら、しばらくして5メートルぐらい前を
 あのウォーキング・オヤジが
 ウォーキングしてるのに気がついた

 ほほほっ。ここで会ったがひゃくねんめ!
 覚悟しろよ、ウォーキング・オヤジよ

 ウォーキング・オヤジは半そでYシャツに
 ネクタイをしてショルダーにもなるリュックを背負って
 腕をふりながら進むんだ。
 赤信号でも車が来ないと渡るんだ
 足には、もちろんウォーキング・シューズ

 ウォーキング・オヤジは会社でへ〜こらしてるんだ
 ウォーキング・オヤジは自分を努力家だと思ってるんだ
 ウォーキング・オヤジは家に着くとお風呂に入ってからビールを飲むんだ
 ウォーキング・オヤジはプロ野球が好きなんだ
 ウォーキング・オヤジは学校の先生かもしれない
 ウォーキング・オヤジは家でいばってるんだ
 ウォーキング・オヤジは家のローンがあと20年あるんだ
 ウォーキング・オヤジは下北沢や下北沢にいる青少年が嫌いなんだ
 でも家には下北沢にいる青少年みたいな息子がいるんだ
 ウォーキング・オヤジは今までの人生を後悔したくないんだ
 ウォーキング・オヤジは見ず知らずの人間に暴言を吐いても平気なんだ
 ウォーキング・オヤジは自分が良識ある善良な市民だと思ってるんだ

 ウォーキング・オヤジは世田谷通りへ
 私と自転車は246へ
 約10分間ウォーキング・オヤジの背中に向かって
 呪いをかけたから
 きっと犬のウンコでもふんずけたにちがいないさ
 ウォーキング・オヤジよ

 あなたの価値観や世界観とは
 まるで別のところで
 私は生きてるけど
 私は見ず知らずの人間に暴言を吐いたりはしない
 だって おっかないもの
 そんなことしたら死んだ父さんが悲しむもの
 憎しみからは憎しみしか生まれないもの

 バイバイ ファッキン・ウォーキング・オヤジ
 次は地獄で会おうぜ
 バイバイ ファッキン・ウォーキング・オヤジ
 その犬のウンコは洗っても落ちないぜ
 バイバイ ファッキン・ウォーキング・オヤジ
 オマエのかあさんデベソ







 
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  photograph : : JONA














 はるかな場所から。
 
photograph : : ni-na




 

 
 耳をすまさないと、聞こえない音。
 たとえば、
 ひどく落ち込んだり、
 自分がどこかおかしくなってしまった夜に、
 耳のそばではっきりと聞きとれる声。

 北川浩二は、そんな詩を書く人だ。
  
  

 もし詩人が言葉の芸術家なのだとしたら、
 きっと本物の詩人とは、
 誰よりも多くの言葉を駆使できる人のことではなくて、
 誰よりもひとつの言葉を大切にできる人のことだろう。
 北川浩二の詩に使われている言葉は、
 とても少ない。けれど、
 その少ない言葉の背後には、
 深く、豊かな世界が広がっている。

 彼の詩を読んでみると、
 どの言葉も不思議なくらい、
 ありふれていて、ありふれていないことに気づく。
 平凡な人間なら詩句に選ばないような単純な言葉でも、
 彼は自分の内面のかなしみを通過させることで、
 それに新しい意味をつけくわえ、
 他の人には書けないほど美しい詩の言葉にしてしまう。

 そうして、誰もいない遠い場所から、
 きっと彼自身に向かって、
 慎重にその声を届かせようとする。
 その声は、かなしみを帯びて、乾いてはいるけれど、
 決して絶望はしていない声だ。
 どんなにかなしい境遇にあっても、
 人間の持つ希望や、祈りや、幸福を信じる心に、
 彼はどこかで信頼を寄せていて、
 いつも自分を、彼自身の言葉で励ましている。
 はるかな場所から、そっと声を届けることで。
 それがとても遠い場所からだから、
 星の光が彼に届くと同時にぼくらに届くように、
 彼の詩の言葉は、
 彼自身に届くと同時に、ぼくらにも届く。

 誰もいない夜、
 かなしみをこらえて空を見上げるような時に、
 彼の言葉は確実にぼくのもとにやってくる。
 そうしてぼくをわずかに励まし、
 静かな存在感で、いつまでも寄り添ってくれる。     
  
 

 
text沢田英輔 ( POECA! )
 
 
 





  
   photograph : : JONA


              北川浩二

 

朝 起きて

いちばんに思い出すことが

人生というものだとしたら

かわいそうだ

とてもかわいそうだ

まぶしくても

まぶしくなくても

ふと目が覚めると

もう

思っていることが同じだとしたら



起きて

どんなに遠く旅立つのでも

覚えている そのことだけで

ひどく かわいそうだ

かわいそうだ

朝には









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 photograph : : Masayuki Fukumoto











 

 ウイルスの夜 いとう



 隣りでは君の咳が止まらずに
 ウイルスが部屋中に降り積もって
 負けじと僕も僕のウイルスを飛ばしながら
 お互いのウイルスは僕らと同じように仲良くしてるのかなんて
 そんなこと
 どうでもいいよね
 お互いダウンしちゃって
 二人仲良く手をつないで
 ベッドの中で
 青息吐息

 二人とも重症でね
 高熱にやられちゃって
 「おやすみなさい」なんて言ったら
 別の意味に受け取られそうな
 そんな切羽詰った状況なのに
 でもそういうのがなんか嬉しかったり
 でもそういうのがすごく幸せだったり
 ヘンだよね
 いや、ヘンじゃないか

 部屋の中にはウイルスだけじゃなく
 見えないくせに
 きちんと名前のつけられた
 不安とか
 ためらいとか
 たとえばそんなものも一緒に
 たとえばいつまで幸せでいられるのか
 たとえばこのまま二人でやっていけるのか
 あるいは
 たとえば
 もしかしたら

 夜だからあたりまえなんだけど真っ暗でね
 お互いの顔も見えずに
 話す気力もなくて
 手の温もりだけを感じながら
 (温もりだなんておしとやかな熱さじゃないけど)
 いろんなものが降り積もって
 知らないあいだに降り積もって
 それでも二人は
 ゆっくりと
 朝を待ってるんだろうね
 時計の音なんか
 聞いてるんだろうね  










 photograph : : popoly
 



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やったぁ、ボクは生まれてきましたよ佐原ひろみ

  

                         


やったぁ!!

ボクは生まれてきましたよ

ありがとう ありがとう

この世に生まれて ありがとう



はい。ボクは死産です

死んでいるのに 生まれてきました

やったぁ!!

ボクは生まれてきましたよ

死んだままで ようこそ! いらっしゃい!

迎えてくれて ありがとう



川を越えて

砂地を越えて

いくつかの山や谷も越えて

ボクはやってきましたよ

はるばる はるばる この世界まで

お母さん

あなたの子宮はとてもあたたかでした

あなたの膣の構造が ボクの頭の構造です

ありがとう ありがとう お母さんありがとう

ボクが子宮の中から あなたの柔らかな粘膜にキスしたこと、

覚えていらっしゃいますか?



「今回は死産と言うことで」

分娩室前の廊下で 花束を持ったお医者が言う

やったね!ボクの誕生証明。

ボクは産まれてきましたよ

あれれ、お父さん

うつむいているのは、なぜですか?

真っ白けっけのほっぺたは 一体どうしたことですか?

喜んでくださいよ

ボクが生まれたんです

死んだままのボクが、この世に生を受けたのです

喜びましょう、お父さん

ボクも とてもうれしい



死んだままのボクの 一歳の誕生日

死んだままのボクが 二歳になった日

死んでいるボクの 七五三

死人のボクの 幼稚園入園

ボクは死んだまま 小学校に上がり

死んでいるけど 中学校に通った

ボクは死者だと認識した 高校時代

死者のボクと生者たちが 並んで大学受験した

死んでいます 死んでいます

ボクは死んでいます

この世の中にいながらにして ボクは死んでいます



あ。ちょっと ツライかも。

死んだまま生きているのって、あんがいツライ

わかります?

わからなくても、いいですよ

うなずかないでくださいよ



あ。でも、キミ発見。

キミ

かわいくてきれいな女の子

あなたの膣を 見せてください

ボクを子宮に 入れてください

あなたのやわらかな粘膜に キスをさせてください

入れてください

あなたの中に

ボクを入れて ボクを身篭ってください

あなたの中にいますよ

ボクがあなたの中に



しゅぽん!!

落下感覚で生まれましょう!

飛び立つ感覚で生まれましょう!

大きなボクがあなたの産道をとおるのは

ずいぶん痛いことかもしれないけど

ごめんね

ボクは 生まれてきます



だから さようなら!

この世界!



ありがとう ありがとう!

ボクは生きてます



やったね!ありがとう!








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illustration : : Takegaki Naotarou


 



















 

勾配のきつい坂


 photograph : : ni-na





もうこれで三時間以上、僕は川本真知子の本を眺めている。
表紙にはビーチ・グラスのかたちが型で押されていて、
細長くて、さらっとした装丁だ。
僕はあきらめて机の上に本を置く。
これを買ったのはいつだったっけ?
川本さんがいっしょに送ってくれたカードを挟んであることに気付いて、
僕はまた本をめくる。
去年の四月だ。
ああそうだったと僕は思う。
春の、いい天気の日に車で郵便局に行き、振り込みをしたのだ。
今は秋の冷たい雨が降っているけれど。

どうしてこの文章が書けないでいるのか。
もう三年も彼女の詩を読み続けて、
それでもいっこうに彼女に近づけている感じがしないのだ。
匂いだけをふっと残して、手を伸ばしても届かない。
近づくことのできない何か。

詩集「勾配のきつい坂」
僕はこの本がとどいたとき、帯を外そうとしてやめた。
本を買うと帯なんかすぐに外してしまって、
(時にはカバーでさえとってしまう)
ベッドにねっころがって読み出してしまうような、
だらしのない僕の本棚には、
手つかずにしたままの川本真知子の詩集がおいてある。

届かなかった、恋の思い出みたいに。
 
 
text
木村ユウ










 

深爪
          
川本真知子
 
 

ああ、また爪を切らなくてはいけない
白いヘリに首をもたげ
浴槽いっぱいの
お湯に身をのばして思った
水面からとびだした
はげた白いペディキュア
いつも深爪にしてるの
十の指先
立ち上る湯気
目で追っていく
たどりつく
天窓
鳩のフンが雨に打ちつけられて
白く強く線のようだ
私のすねのひっかき傷と平行だ
湯気のむこう
戸一枚
隔てて
なり続ける
男の
ノック
私は
声にならないように
気をつけながら
昔の歌をうたっている








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   2001.10.1