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  1.レトリック(比喩)について
  2.オブジェも知れ
  3.笑いについて
  4.ことばの色について
  5.言葉の力 
  6.噛み切れない眠り


 
 
 
 
   
 
●夢をモチーフとした詩がファッションのようにもてはやされている。毎月発行されているいくつかの詩の専門誌を眺めてみても、「夢」をモチーフとしたものは毎月かならず何篇か掲載されていることに気づくだろう。それほど「夢」と現代詩は密接な繋がりを示し、現代詩人といわれる人の中には、このモチーフ以外では詩を書かないという人もいるほどだ。
 
●夢の世界を詩のモチーフとして書き出したのはいつ頃のことだろうか。たぶんそれは超現実主義を提唱したブルトンやその核となった心理学者のフロイトやユングかもしれないし、それ以前のマラルメまで遡ることとなるかもしれない。ではなぜそんな昔から「夢」を詩のモチーフにするのか。それは「夢」は人間の記憶の根底にある潜在意識の世界を明確に現わしているという考え方に基づいているからであると思う。これを簡単に言えば、「夢」という意識下こそ、その人の本性で、隠された欲望を鮮明に映し出すものだからにほかならない。だから現代詩にはこうした「夢」をモチーフとしたものが非常に多いのだ。
 
●詩がことばの芸術としてお固くある以上、今もって現代芸術の一翼をになっている「夢」や「覚醒の世界」を詩のモチーフとすることはしょうがないだろうし、それを否定するものでもない。事実、名詩といわれている作品のなかには「夢」を扱ったものが多くあることも確かなことで、私自身その作品に今もって強い魅力を感じてもいる。つぎに挙げる詩は大岡信さんの詩集『記憶と現在』のなかの「青春」という詩である。
 
 青春
 
  あてどない夢の過剰が、ひとつの愛から夢をうばった。
 おごる心の片隅に、少女の額の傷のような裂け目がある。
 突堤の下に投げ捨てられたまぐろの首からふいている血
 煙のように、気遠くそしてなまなましく、悲しみがそこ
 から吹き出る。
 
  ゆすれて見える街景に、いくたりか幼いころの顔が通
 った。まばたきもせず、いずれは壁に入ってゆく、かれ
 らはすでに足音を持たぬ。耳ばかり大きく育って、風の
 中でそれだけがゆれているのだ。
 
(以下略)
 
この「青春」は作者自身の思春期を通して「あてどない夢」の世界を書いた「青春」の詩である。力強い写生句のような夢の描写が読み手を現代絵画でも見ているような風景に曳き込む魅力があり、思春期の性への思いをも感じ取ることができる名詩である。
 
●だが詩人と呼ばれている人の中には「夢」や「覚醒の世界」や「意識下」を描けば現代詩だというように安易な考えで詩作されている詩人も多く見ることができる。それは上記の詩のように精神を通過してきた本当の言葉で作られた詩ではなく、小手先だけでまるで「夢」の世界に触れてきたように描いて詩作する人達だ。こういう詩人が書いた詩には「意識下」を暗示する言葉がひとつのファッションのように多用されている共通点がある。
 
●よく演歌の歌詞には使用される言葉が決まっているという。「港、女、涙、雪、恋、雨」などと言った単語を組み合わせれば演歌の歌詞になるともいわれているように、「うつろ、ただよう、覚醒、溶ける、沈む」などの言葉を前もって用意して「意識下」を暗示させるように描くこうとする人達だ。こんな言葉の組み合わせで詩作してなんの意義があるというのか。「意識下」を描こうとするほどの力量のある詩人であるなら尚更、咀嚼してしっかりと消化された言葉をもって詩を書くことが本当の詩作ではないだろうか。作為の見える詩ほどうすっぺらく感じるものはない。
 
●「噛み切れない眠り」とはそういう詩作を平然と行っている多くの現代詩人への、そしてあなたへの強い警句でもあるのだ。


 

 
 
 
 


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