選者  樋口えみこ http://village.infoweb.ne.jp/~penteka/
 
 
 

 
 
 
きんきらこ
    村野美優
 
 
 
 
おんなの子は光を見ている
流れてゆく電車の窓から
屋根瓦や木の葉の上に
溜まっている光を見ている
 
彼らはすぐに行ってしまうが
また新しくやってくる
太陽が産み落とした

光の子供たち
 
おんなの子のひざの上にも
陽射は真っ直ぐに手を伸ばし
光の子供を置いてゆく
彼女のひざはちりちりと熱い
 
ふぅ あぁ ゆぅ ?
 
彼女は尋ねる
すると子供はこう答える
 
あたしは きんきらこ
あたしはたくさんのきんきらこの中の
たった一人のきんきらこ
 
そして子供は
一瞬の間に翳ってしまう

 
 
 
詩集  「はぐれた子供」  花神社 
ブックスでも取り扱っております。現在品切れ中。 
 
 


 
 
 
 
 

  i.i.ii...iii.ii.....ii..i....i..i...ii..i.i....i....i..i.....iiii..iii..iii..i...i..ii...
  i...ii..i..ii....ii...i..ii..i.i..ii..ii.i..i..i.....i.i....i.....i...i.i.i..i.ii.....ii.i
  i..i.i..iii..i....i....i..ii...i..i..i.i..iii..ii.i..iii..i.i..ii....i.i.i.i...ii..ii.i..i
  iii....ii..i.....ii.i..ii..iii.i...i..i..ii..

                              ゆきよ
 
 
 
 ぐるぐる、
             ゆるんでとうめいな、うみのそこ。
 
 おはよう、
             さっき、      おきたとこ。
 
 ふるいるーるもおぼえたよ。
 
 くるってないかな?
 
 そのばしょなら、
          みわたせる。
 
 
 
 とてもふつうなゆめのなかでは、
 
 とてもふつうなあいがみちていて、
 
 だれもがかたりあったり、
      きすをしたりしていました。
 
 
 
 てんしのめだまはくるみのみ。
 
 にぎりしめれば、
 
 ぶるぶる、
             ふるえてういてゆく、うみのそと。
 
 おはよう、
             さっき、      おぼれてた。
 
 
 
 あかねにそまるしんぞうを、
     ぐっとおさえて、  こおらせる。
 
 ばすけっとぼーる、
         ぜんぶわれて、   うまれたて。
 
 
 
 ばななをひっくりかえしてよみながら、もりをかついでやってくる。
 
 
 
 つまさきでけりあげて、
       つきさした。
 
 しんじているかな?
 
 そのばしょからも、
         みわたせる。
 
 
 
 
 
 
 みみなりが、
            やまないのは、   のろわれちまったから。
 
 かがみのおくで。
 
 すぐそばで。

 
 
 
 
作者サイト  http://www2.justnet.ne.jp/~y-ybf/index.htm 
 
 


 
 
 
 
 

  をんなのひとよ僕はむなさわぎがするよ   平居謙
 
 
 
をんなのひとよ
僕はむなさわぎがするよ
をんなのひとよ
僕はむなさわぎがするよ
をんなのひとよ
僕はむなさわぎがするよ
 
をんなのひとよ
僕をのこして君がいってしまったり
をんなのひとよ
僕がのこした君が悲しんでいたり
そんなことはなくとも
をんなのひとよ
僕はむなさわぎがするよ
 
をんなのひとよ
僕はむなさわぎがするよ
 
をんなのひとよ
僕と僕につながる君と
君と君につながる僕の
いのちがいつまでも
同じであって
同じ寸法のドレスに
おさまるはんいの違いであって
 
それなのに
をんなのひとよ
僕はむなさわぎがするよ
をんなのひとよ
僕はむなさわぎがするよ
 
安アパアトの僕が居ねむってる間に
あの嫌な退職者か傘盗人が
僕と君のじゅんすいが
ぎっちりおさまるはずの
ドギモ抜かれるような
あの派手なドレスの
 
それ自体を
失敬していった
 
あかつきの月は
ぼんやりとかすむでしょ?
それだからこそ
 
をんなのひとよ
僕はむなさわぎがするよ
をんなのひとよ
僕はむなさわぎがするよ
をんなのひとよ
僕はむなさわぎがするよ
 
そしてやっぱりふたりが奪はれるような
 
をんなのひとよ
 
僕はむなさわぎがするよ

 
 
 
詩集  「行け行けタクティクス」  白地社
 
 
 


 
 
 
 
 

  駐車場   富岡郁子
 
 
 
私の駐車場は自宅と離れ、角を右、左、右と三回曲がる。
曲がるだびに風景は一変する。一つ目は田。湿った荒れ
はてた田。破れた鉄条網ごしに黄や白の花が可憐に咲く。
二つ目の角を曲がると古い長屋が並んでいる。奇妙な老
人たちが忘れられたように住み、猫だけがちかづく。老
人たちは太陽が昇っている間は門前にいつも立ち、通り
かかる人に必ず微笑みかけ、手招きをする。猫と犬にし
つこく餌を与えつづける彼女たちのまわりには猫と犬が
おびただしく増え、彼女たちは日が沈むと一斉に戸をた
てる。あとには生き物だけが残る。夜中私はこの道を通
らなければならない。あちらこちらに光る眼を意識しな
がら。老人たちは猫になっているにちがいない。眼が合
うとコケティッシュにしなを作りながら実は怒髪天を抜
くが如し、ことあらば闇の中で戦意をむきだしにする。
 
太陽のうららかに射す朝、猫の走る前方に夫が石を投げ
た。猫はふいを打たれ、逆の方向に走った。彼女たちは
ゆき場を失い、くるくると回って死んだふりをした。

 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 

  鯵をおろす   川本真知子
 
 
 
鯵をおろしている
ぜいごをなぞって
 
包丁をたおし上下に動かしながら
斜めにスライドさせていく
 
鱗は
スパンコール
 
まな板のそこここに
こびりつく
 
尾びれ背びれに化粧塩をこすりつける
かっと見開いた魚の目は、
 
ちょっとからかうと
すぐ本気にしてしまう
 
はっとした男の顔に
似ている
 
ね、
私の指先は
 
犬の足の裏のように
その日一日の
 
なまぐさいできごとの
とてもいいにおいがするの

 
 
 
詩誌  「Intrigue」vol.9  
作者サイト  http://www.yk.rim.or.jp/~machiko-/index.html 
 
 


 
 
 
 
 

  ギターコーヒー   村田仁
 
 
 
俺は、で はじめた おいらたち
なんてことない茶店の前で倒れるわ
地味に続くジャズを しぶといと言いな
きっと帰ってくるんやからさ
約束は約束でな
約束でんな、はてな ハナ
ツンとしとる女やよ
若造と言ってみようか
痩けた煉瓦の世紀はラクさ
約束は約束でな
なんてことないな
 
明日も公園に行くでさ
明後日も公園に行くさ
し明後日も公園に行くでさ
ささっても公園に行くさ
すそつっても公園に行くさ
Chet Baker Sings.
袖触れあうのもなにかのなにかのなか
 
若造よ、で終わるの おいらたち
なんてことだらけのハンモックは破れ倒して
昨日は知的に地下室入りでしたな
しつこいジャズが流れていました
ざらざらの舌で、ポリ袋を飼ましょう

 
 
 
 
作者サイト  http://www1.odn.ne.jp/b.mayo/index.html 
 
 


 
 
 
 
 

  サイレント・ララバイ 
   −湾岸戦争勃発の報道に接した日に 
  小林泰子
 
 
 
テレビのスイッチを押して
遠い国での戦いのニュースを聞きながら
生まれて間もない赤ん坊にお乳をふくませる
 
白い光に切り裂かれた砂漠の夜
見えない電波がひしめきあう都会の昼
 
スイッチを押すと消える映像
スイッチを押せば
耳をふさげば
瞳を閉じれば
あの光はなかったことにできる
どこか知らない遙かなところで
小さな命を一瞬の内に消し去ってしまうスイッチたちが
ひっそり冷たくふくらんでいる
 
この部屋にいると
世界にたった二人しかいないような静けさ
音速で空気を切り裂くものたちが
地球のどこかを駆けているというのに
 
小さな喉をふるわせて泣く赤ん坊
今は元気よく泣いていていいよ
人から嫌がられるくらい大きな声でしゃべる
生意気な娘になってほしい
 
泣きつづける娘を抱きあげて
小さなぬくもりをゆする
歌が聴きたい
魂をやさしくゆすぶってくれる歌が
 
わたしの歌はどこへ行ってしまったんだろう
歌詞が抜け落ちて平たくなったメロディの起伏を
指で何度もなぞるのだけど
思い出そうとすると窓硝子が曇ってくる
 
いつのまにかわたしは
大切なものをどこかに置き忘れてしまったようで
子守歌までなくしてしまった
歌のかけらをつなぎあわせた粗末な首飾りを
おまえの首にかけてあげよう
だから今は静かにおやすみ

 
 
 
詩集  「ウォーターカラーズ」  ミッドナイト・プレス http://www.midnightpress.co.jp/ 
ブックスでも取り扱っております。 
 
 


 
 
 
 
 

             fake
 
 
 
青空の広がる夜の街というのが在ると云う
昼と夜が、天と地に分けられている
そこに住むヒトに逢いに行く
 
 
一度も乗った事のない電車は
行き先も路線も正しいのに
辿り付ける気がしない
 
 
真白紙の手提げ袋には
青白い紙箱
その中には微かに黄色白い和紙に包まった
無花果が並んでいる
 
 
白にも種類がある
 
 
自分で行くと決めて乗った電車に
連れて行かれる
という気持がする
 
 
青空広がる夜の街
そこはきっと少し寒い
僕らはきっと挨拶をする
「こんにちは」なのか
それとも「今晩は」なのか
知らないけれど
 
 
青空は少し濁っているに違いなく、
そして雲も少しあるはずだ
 
 
(君に逢って)
 
 
路は少し濡れている
街灯に照らされて
傘を持ったヒトがあるいている
 
 
(無花果の断面の不思議さを見せるのを忘れないように)
 
 
君だろう
 
 
今からはじまる全てのことを
一つも忘れないようにと、
青空に消えた星に願う

 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 

  出勤途中   山村由紀
 
 
 
透明な傘をひらいて
ビニール越しに雨空を見る
こうすると
晴れの日よりも空が近いような気がする
 
朝のアスファルトには
昨日のわたしの足痕がまだ残っていて
雨が静かに
 タテ
  タテ
   タテ と
刺さっていく
昨日と同じ道を
足痕に刺さる雨を眺めながら歩いていく
抜いてはいけない
出勤途中だから
手も服も汚れてはいけないから
でも抜きたい
傘を肩で支え
足痕に刺さっている雨を引き抜くと
草の匂いがして
地面からあふれ出た液で
靴が濡れる
 
駅前のサカヤ園芸店の前にある
ピンク色したアジサイがゆれている
この前まではゼラニウムのピンク色が
その前はシクラメンが
鮮やかだったのに
 
特急電車には無数の顔
奥にお詰めくださいのアナウンス
わたしの足痕は
毎朝ここで消息を絶ち
空は
四角く
遠くなる

 
 
 
詩集  「記憶の鳥」  空とぶキリン社 http://www11.ocn.ne.jp/~tkiichi/page007.html 
作者サイト  http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/6633/ 
ブックスでも取り扱っております。 
 


 
 
 
 
 

  エンペラア・ハズ・ダイド   三上その子
 
 
 
“ユア・エンペラア・ハズ・ダアイド!”
と ミセス・ウォルフがあの日
階段をのぼって来た
冬の朝
私は食べかけのシリアルの皿を
思わずさし出した
彼女の頬を涙が
メープルシロップのように
転がりおちたので
 
ぐしゃぐしゃにしてしまったから
と アイロンをかけ直した新聞を押しつけて
よろよろと部屋を去るミセス
私は
と言えば
心なしか塩味のするシリアルを
木のスプンですくって食べた
ひとの涙
を はじめて
 
エンペラアは
死ぬ前に
誰かに泣いてもらったろうか
敗戦に
日本に
虐殺に?
 
ガーディアン紙二面ぶち抜きの記事に
旗のように立つ姿は
私の祖父と似ていた
そっくりな眼鏡で
シベリアを掘りつくして生還した
 
みなが歴史にくるまれる
外では水道管が凍って破れ
涙の形の氷ができる
イギリスの未亡人も
ダンスしか能のない小娘も
小さな息を
ひとつつく
左官屋さえも
帽子をとって
 
忘れるわけにはいかないが
忘れなければ生きられなかった
と いつか聞いた
ことがある
冬の川に
芋ひとつ追って流された子供や
少年兵を撃った男
満州の村で
匪賊に襲われ
青酸カリをあおった曾祖母や
 
でも
私の赤い舌に
ミルクは美味しい
 
いつでも心の変わり身は早く
すべてはくり返されて
エンペラアは
幾度も死ぬ
モノクロームの写真が
半減期をむかえる頃
やすらかなミルクの匂いの中で
血に錆びた映写機がカタカタと回りはじめる
 
一九八九年 ヒロヒト死す

 
 
 
詩集  「ある日、やって来る野生(ワイルド)なお母さんたちについて」 まつ出版 http://www.matsu-pb.net/ 
声と言葉と体の教室 Studio Jardin http://studio_jardin.tripod.co.jp/ 
 
 


 
 
 
 
 

  神宮球場とそうめん(野球篇)   藤井良介
 
 
 
昔からナイター観戦の後は家でそうめんと決まっていた。
時間もままならないし、野球場で何かを先に食べていることも多いから。
 
父親は二回の裏にやっときた。
九回ツーアウトまではつまらない試合だった。
もう負けて終わりと思っていたら、
前田が一本ヒットを打った。
前田に代わって福地が一塁のランナーになった。
「福地はすごいよ。そこにいるみんながみんな走るって分かっている場面で
盗塁を決められる。ピンチランナーの仕事だけでお給料をもらっているんだから」
ロペスの初球、あっさり福地は二塁へ行った。
ロペスはヒット、福地がホームに返って同点。
延長戦、四−三でカープが勝った。
 
席を立ち、父は車できていると言った。
外苑前の駅で買った二枚の切符は無駄にした。
 
帰り道、246号線
「進路はもうお前の好きに決めなさい」
父はそう言った。
「分かった」と答えた。
 
家に戻りそうめんを食べた。
みょうがをたくさん入れて食べた。

 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 



 
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