選者  樋口えみこ http://village.infoweb.ne.jp/~penteka/
 
 
 

 
 
 
『風』 ver.2002
    dormin
 
 
 
 
 原稿用紙が、ひらひらと無手勝流の阿波踊り。
 
 
 焦って、地団駄を踏んだら上履きのストライプの
 跡が表のマス目に映ってる
 
 裏に描いた落書き-ローリングストーンズのマーク-
 が舌を出して笑ってて、
 
 つられて
 隣の席の米谷さんがクスクス笑いながら
                    拾ってくれた。
 
 
  ゴメンと言ったとたん恥ずかしくなって
  急いでローリングストーンの落書きを
 
  丸くなったケシゴムで消そうと
  ムキになってゴシゴシしても
 
  落書きの消しすぎで真っ黒なゴム消しでは
 
  白くならないから
  黒く塗りつぶしたら
 
  肘が、ぴんぴんに尖った80円ポッキリのHBに当たって
  コンクリートの踊り場で顎をぶつけて
                   欠けた乳歯みたいに
                   先っぽが、跳んでった
 
  慌てて、拾おうとしたら
 
  給食の牛乳の白さに負ける永久歯の
  辣韮が転がるオトシゴロの米谷さんは
 
  いいかげんにしてよね、と
  剃刀ナイフで、80円ポッキリのHB
 
  つんつんに、とんがらがせて
 
  尖端を、此方に向けて手渡した
 
 
 
 一年生の僕は汚れた原稿用紙に真っ白な風の詩を書いた。
                    初めての詩を。
 
 
 
  とんがった、鉛筆が折れないように。

 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 

  花きり鋏   藤坂 萌子
 
 
 
JR森ノ宮駅を降りて すこし歩く
そうして右手に見えてきた 病院の通用門付近には
夕暮れ前の 妙ににぎやかな声がある
 
 
もうすぐ 面会時間が終わるのです
離れがたそうな
 
 
見舞いの人を見送るパジャマ姿や浴衣姿から
1本ずつ 紐が出ていて
きっと病室のベッドにつながっているのだと 想像する
そうすると あたしは花きり鋏をもっているので
ひとつひとつ その紐を切って歩くのです
ぱちん ぱちん   ぱちん
ふいに 得意な気分で
いくつもの 紐を切りながら 長い廊下を進んでいきます
そうして 8階にある通いなれた病室に着くと 
そこには、随分長い間 ベッドから降りたことのない人がいて
あたしは もう花きり鋏をもっていないのでした

 
 
 
 
作者サイト  http://homepage3.nifty.com/unbalance/ 
 
 


 
 
 
 
 

  五月 renew   宮野一世
 
 
 
カーテンをひき夜を剥ぐ
休日の空には雲が浮く
暗い部屋に音もなく光りは流れ込み
昨日のものたちが
また今日のものとなって現れる
けれどしばらく俺は遅れる
光りを浴びすぎているのだろうか
スイッチを入れたはずのブラウン管の画像がうすいのだ
額の高さのあたりを
夢の影のようなものが泳いでいて
足もとが危うい
歯ブラシを口にふくみ
雲の形の成りゆきにしばらく見とれている
とふいに
窓の下を家族連れの声が手をつなぎながら通ってゆき
子供たちの弾む声で
靴や帽子の色が鮮やかに
わかる
いつかそんな五月が俺にも
だが来てもいいし来なくてもいいのだ
どっちにしろ天国であり地獄なんだ地獄であり天国なんだ 地獄天国 天国地獄……
呟いているうちに
洗い終えた顔をタオルでぬぐい
溜息をひとつおおきくついている自分
がいる
そしてようやくそこで俺も
現れるのだ
それから服を着け髭を剃り点検を済ませ
靴を履く
アパートの階段を降りる
数歩あるいたところで 何処へ行こう
見上げる
五月の空に圧倒されてふいに落してしまう声に躓く
にわかに
昨夜の激しい雨に打たれた黒い傘が胸のあたりで
開こうとする
あわてて
部屋に引き返し過去から引き抜く
玄関の前で開き
くるくると回して雨滴をきる
尖を南中の方角にむける
開いたまま固定する
そうして俺は出かけるのだ
いいじゃないか
行くところに行く

 
 
 
詩集  「津別」  ふらんす堂 http://www.ifnet.or.jp/~fragie/ 
 
 
 


 
 
 
 
 

  世の中の縮図   佐々木浩
 
 
 
僕が君への恋ごころを
詩の言葉に仕立てて
他人の音楽と映像で飾り立てて
0と1の2進法へ翻訳して
ホームページ上に解き放ったとしても
 
君もまた
僕ではない別の男のために
季節の花束を
インターネット経由で注文して
僕ではない別の男に花言葉を添えてプレゼントしてみせる
 
彼もまた
君とは違う女に向けて
何世紀もの昔に流行った愛のお告げのように
月がきれいですね、と書いて
君とは違う女にeメールで送ってみせる
 
彼女もまた
昼下がりのインターネット・カフェにて
好みではない男からのeメールを未開封のままゴミ箱に捨てて
偶然隣の席で詩集を読んでいた僕に煙草の火をねだり
ねえ今日あたし暇なのよ、と猫なで声で言う

 
 
 
対詩集  「鏡に映る影」  ミッドナイト・プレス http://www.midnightpress.co.jp/ 
作者サイト  http://www.ne.jp/asahi/poem01/h-sasaki/ 
ブックスでも取り扱っております。 
 
 


 
 
 
 
 

  苦手なもの   白崎魁一
 
 
 
 みんなはどうか知らないが
 私は事故る車が苦手だ
 苦手な理由はいろいろあるが
 しいて言えば、どんなに楽しんで車に乗っていても最終的に事故るからだ
 同様に落ちる飛行機も苦手だ
 最終的に落ちるからだ
 オーストラリアとかに着かないからだ

 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 

  動物は忘れ去られている   山中隆史
 
 
 
赤いものを白いと
言える
 
青いものを黒いと
言える
 
羽ばたけ!羽ばたけ!と言える
 
食え!食え!たらふく食え!と言える
 
死ぬことは生きることほど恐ろしくないと言える
 
生きることは死ぬことほど恐ろしくないと言える
 
ぼくは原生林で生まれたと言える
 
ぼくは通りの電柱に一本一本名前をつけると言える
 
ヨハン、こじろう、アンナ、菜の花、ミシン、と言える
 
これからのぼくはのりたま、これからのぼくはのりたま、と言える
 
だって、これからの空は、プゥーハァ〜、と言える
 
だって、これからの山は、プゥーハァ〜、と言える
 
だって、これからの海は、プゥーハァ〜、
 
行くぞ! のりたま!
あいよ! プゥーハァ〜!
のりたま!プゥーハァ〜!のりたま!プゥーハァ〜!
 
でんでん、しゃらりん、でんしゃらりん、ぬまはまぬまはま、きんからりん

 
 
 
 
作者サイト  http://www.h3.dion.ne.jp/~yamakasi/ 
 
 


 
 
 
 
 

  キス   佐々木浩
 
 
 
銀髪のバーテンダーは
娘の頬を打つような手つきでシェイカーを振った
青二才の僕はできたてのカクテルを飲んだ
娘の頬にキスをするみたいにして
 
 
僕のキスは
僕のビンタよりも
僕の愛する娘の頬を赤く染めることができるか
バーテンダーはカクテルグラスを磨きながら僕の独白を聞き流した

 
 
 
対詩集  「鏡に映る影」  ミッドナイト・プレス http://www.midnightpress.co.jp/ 
作者サイト  http://www.ne.jp/asahi/poem01/h-sasaki/ 
ブックスでも取り扱っております。 
 
 


 
 
 
 
 

  Blue in Green   笠井嗣夫
 
 
 
そして私たちは緑の内部にいる よじるように 互い
の背を焔に近づける 発語とは眩しさへ回帰すること
いまあることとの差異 渇きと視線のふしぎなねじれか
ら往復運動へむかう酩酊のなかで お互いを消滅させる
こと 血のしたたりのように光が緑の内壁を伝う 夜で
も昼でもない場所 背のつややかな曲線の小麦色の翳り
そのわずかな距離のなかに世界のすべてがあり めぐる
唇のゆるやかな速度とともに 身体の位置を逆転させ
水に難破し溶けていく 吐息はもうひとつの吐息をもと
める 唇のあいだを通過するかすかなことば ただ消滅
するためだけの発語を噛みしめると うなじにそってた
ちこめてくる淡い致死量の匂い 背の窪みを伝う汗 ま
ぶしくのびる素足 そして夏美! きみの緑と私の緑
瞳のなかに ふたつの彩りのかすかなずれが映っている
よ 記憶の痕跡にふれながら私たちは緑の内部にいる
次行から逸脱し断片となる かすかな声がさらに焔を誘
うとき 緑は不意に輝く青を分節する

 
 
 
詩集  「ローザ/帰還」  思潮社 
作者サイト  http://members.jcom.home.ne.jp/poesiesky/index.html 
 
 


 
 
 
 
 

  ドライブ   川田エリ
 
 
 
私達家族は車に乗っている
運転席に父
助手席に母
後部座席には私と兄弟達
私達家族はこれからドライブへ行くところだ
 
母が振り向いて私に渡そうとしているものは
半透明の百円ライター
 
受け取るのがイヤでのけぞる私の膝に
笑いながらライターは落とされた
悲鳴をあげておののく私の前で
母はニコニコしている
 
そのライターが
母だろうか
 
私はすでに
自然を恐れるこどもになって
逃げることのできない車に乗って
海の底をドライブしていた

 
 
 
個人詩誌  「A.Ma」31  
 
 
 


 
 
 
 
 



 
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