選者  樋口えみこ http://village.infoweb.ne.jp/~penteka/
 
 
 

 
 
 
徒然なるままに
    佐々木由有
 
 
 
 
今!!
 
 
 
掻きたいのはクルブシと肩
 
 
 
痛いのはカゼ気味の後頭部
 
 
 
笑けるのはあの秘技のキキメ
 
 
 
呆れるのは
 
まだ見ぬあなたを察知するアンテナの感度の悪さ
 
 
 
困ったのは
 
またもや逃してしまったゴミ収集日
 
 
 
欲しいのは重厚感と必須アミノ酸、
 
あとペガサスと爺や
 
 
 
うれしいのは
 
そう感じられるココロの素直さ
 
 
 
空を飛ぶときは
 
体育座りでイってみたい

 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 

  手の記憶   笹野裕子
 
 
 
男の動く気配で目が覚めた
となりの枕に顔がない
足がある
眠ったまま
ぐるりと半周している
すごい寝相だと
あきれていると
もぞもぞと近づいてきて
私の足をなでる
 
二度、三度
大切そうに
太ももをなでる
こんな夜中にと
思いながらもどきどきと待つ
が 男はそのまま
私の足に顔を寄せたまま
すやすやと幸せそうに眠ってしまった
寝ぼけてなでただけらしい
いつもの癖だと思うと
おかしくなる
いとおしくなる
いま私は 夢の中で抱かれている
 
この男は
いつまで私の足をなでるだろう
何年後か 何十年後
誰からも足をなでられなくなる日が
きっとくる
そのとき すっかり枯れて
棒のようになった
私の足は
今夜の男の手を思い出すかもしれない
寝ぼけた男の
温かい手が
三十代の終わりの思い出になる
いつか去っていく男に
ありがとう と言えそうだ
 
そして できるなら
死の一分前
生まれなかった子供や
早くに逝った母や
楽しく過ごした友との日々を思い出した後に
ほんの数秒
男の寝ぼけた温かい手を
思い出してから死んでゆこう
三十代のぬくもりを
抱きしめてから眠りにつこう
たとえそのとき
たったひとりだとしても
私はきっと
思い出し笑いをしながら
静かに小さなジャンプができる

 
 
 
詩集  「今年の夏」  空とぶキリン社 http://www11.ocn.ne.jp/~tkiichi/page007.html 
ブックスでも取り扱っております。 
 
 


 
 
 
 
 

  日常   細野 豊
 
 
 
平日午前の地下食品売場の
色とりどりの商品の間を
身ごもった女たちが
雌の匂いをふり撒きながら徘徊する
 
売り手はみな中年の男で
安いよ 安いよ 何でも安いよと
大声を張り上げ
自分が孕ませた女が何人か混じっているかと
目を泳がせるが みないちように雌で
どれがどれだか区別がつかない
 
突き出た下腹を抱えて
鵝鳥のように歩く女たちは
どれもやわらかそうなので
男たちは欲望をそそられ
いっそう大声を張りあげる
 
「試し食いはいかが
あれもそれもこれも
安くて 美味くて 長持ちで
この世の幸せここにきわまる」などと
女たちを誘いつつ
 
こんなに大勢の女たちを
孕ませた奴らを殺すためいっせいに
包丁を研ぎはじめる
 
昼頃になると売場は
女たちの体臭でむせかえり
狂ったように叫びつづける
売り手の男たち
 
そして 日没が近づくころ
売場は急速に冷えこんでいき
女たちの下腹は凋んでしまう
 
あの雌たちの熱気が嘘だったかのように
静まりかえった商品に囲まれて
売り手たちは勃起をもてあましている
 
女たちは各々の家へ戻り
新婚の若奥様にかえって
何食わぬ顔で主人の帰りを待っている
 
勤め人である主人たちは
昼休みの情事を腹の底にたたみこんで
にこやかに帰宅する
「ああ 今日も一日無事だった」と
ご先祖様に感謝しながら

 
 
 
詩集  「薄笑いの仮面」  書肆青樹社 
ブックスでも取り扱っております。 
 
 


 
 
 
 
 

  連作「K・M氏の物語」より 25   宮田 直
 
 
 
私のところに役所から
催促状が来た
それは早く税金を納めろというものだった
私には職もなく
納めるべき税金もなかったが
とりあえず私は役所へ行った
 
役所では役人が
無関心な様子でこう言った
 
「納めるものがないというのは
  詭弁です
  人は何かしら
  持っているものです」
 
彼は私に名前を尋ねてきた
私は偽名であることをことわった上で
その名を告げた
 
「書類には書いてありませんが
  記憶を納めることも出来ますよ」
 
「ならばそうして下さい」
 
役所を出ると私にはしばらく
世界が多少生々しいものに感じられた
痛々しい生々しさだった

 
 
 
詩集  「K・M氏の物語」  新風舎 http://www.pub.co.jp/ 
関連HP  http://www.hotweb.or.jp/michaux/ 
 
 


 
 
 
 
 

  出発しよう   甲田四郎
 
 
 
男は苦しくて
目を覚ますと柔らかいものが顔に蓋をしている
と思ったらそれは女の腹で
 
夢を見ていたのだが忘れてしまった
どうせろくなものではないだろう、笑った覚えも怒った覚えもない
べたべたするから押しのけると
 
女が北海道へ出発しようと寝言を言う
なんのことだと寝返っていってもう若くはないのだと思う
無理はしないと決めたらできることがなくなったみたいだ
 
寝返ってくるとまたべたべたして
耳もとで北海道へ出発しよう、出発しようよと低く小さく雨漏りの
 ごとく
ゆすると止まってまた漏らすので転転ところがっていって
 
近頃は細かいことだけが気になる気がする
転転ところがって来るとべたべたして
女がまた漏らす 口をふさぐとほかから漏らす
 
男は転転転ところがってなるべく離れていって
カギをかけ忘れた気がする カギが気になる、気になりだすと気に
 なって気になって
仕方がないから起き出して見に行ったら閉まっていて
 
べたべたするのが気味が悪いがもうそのまま眠る
溜息をして眠りかかるとよだれなんか垂れてきて
女がまたねえ北海道へ出発しよう、出発しようよ
 
ああ出発しようと男は言った
とたんに女は大声で
北海道へ出発しようよ

 
 
 
詩集  「大手が来る」  潮流出版社 
 
 
 


 
 
 
 
 

  「夏の終わり」連作より 10   河津聖恵
 
 
 
  駅名のおとずれ
  燃える名詞のおとずれ
  鳥籠 指輪 耳門
  夢のなかで狂おしく名詞であるもの
  夢のなかでこそいとおしく
  名詞をみつめるわたしの複眼
  貝殻 枯枝 猟矢
  葉の間から燃えこぼれるテンやハネ         "間"に「ま」とルビ/編者注
  ノイバラのようなほのお
  夢の奥処へむかい
  空白の葉は隠し隠され
  「だれか」がふかくうずもれてゆく
  (古代の埋葬のように)
  いれかわり駅の名の奇妙な断片が
  葉の間からのぞき、
  (まるで生の暗号のように)
  一瞬、くるしむように燦爛とする
  魚へん、虫へん、にくづき……
 
わたしは眠っている。
(どういうことなのか)
世界ほどに巨大化したガラスに
額をつけて
ある世紀の
(どの世紀なのか)
終わりを移動している。
ゆめとうつつのはざまの
大気の砂漠
息ができない
息などしていない
本当は
どうしたらいいのかわからない
 
  駅名のおとずれ
  燃える名詞のおとずれ
  ニコマート 旭書店 NOVA
  夢の外の真空で
  狂おしく名詞であるもの
  名詞となって燃えつきてゆくもの
  ふいに露出し、ふいに凝る
  水滴のようなネオンサイン
  そこはもう夢ではないのに
  言葉はかたりやめることができない
  そこはもう死者の夢だから
  死の「秘密」が明滅しつづけている?
  (オートマチックな永遠)(オートマチックな終わり)
  闇に睫毛が触れるように
  さんずいが触れ
  また、火の粉となって崩れてゆく

 
 
 
詩集  「夏の終わり」  ふらんす堂 http://www.ifnet.or.jp/~fragie/ 
 
 
 


 
 
 
 
 

  やさしい駐車場   河井 澪
 
 
 
君は
ひとりでまわる
冷たい夜の
駐車場
ほうん
とゆれる
灯り湛えた
ちいさな無人の
駐車場
入り口へ
わたしをターン
出口から
旅立ちへターン
ひっそりと
ただひっそりと
しずかにありつづける
やさしい灯りの
駐車場
君は
やさしい
駐車場

 
 
 
 
作者サイト  http://www.r-layer.net/ 
 
 


 
 
 
 
 

  坂   田代田
 
 
 
今日は遠くへ行くまい
と思う犬の散歩で
知らず知らずに犬に引かれて
うっかりと
深い町へ来てしまっていることがある
 
見たこともない
紫いろの草をかき分けて
水のように犬がすり抜ける
足を滑らせて上って来たので
道は
坂になっていることに違いないのだが
振り返ると
道は
平らで
今どき珍しく
口笛を吹いて自転車でやって来る人がいる
何台も来る自転車のうち
木箱を積んだ自転車は
水を切るように豆腐を売っていて
はいこれはおまけ
などと言ってでき損ないの油あげを
子供に持たせたりしている
見知らぬ人ばかりに会う
繋がれていたときは
声のかれるまでびくびくと吠えていた犬も
ここでは
ぜいぜいと息を吐くだけ
 
「吠えてみろ」
 
どうやらぼくと犬だけにある
坂を上りつめたところで
教会から出て来た人と
すれちがう
皆んな手に
思い思いの楽器を持っている
六つ目錐


弓や
矢や
鉄砲を持つ人もいる
(これは道に迷いそうだ)
と慌てて
犬に声をかけるのだが
そこでいきなり道は
切り立ったような断崖になっていて
犬と
ぼくは
弾かれたように滑り降りていくのだ

 
 
 
詩集  「口笛吹くな」  思潮社 
 
 
 


 
 
 
 
 

  虚空(1999.11.30)   清水鱗造
 
 
 
古い手紙やハガキを
破りながら見ていると
とても誠実な文面の文章が
綴られているものがある
そんなにまじめに
返信してくれて
なんだか後ろめたくなるのだが
でもそのときには
きっとぼくもちゃんと書いたのだろう
でも紙は古くて
汚れていて
 
関係がね
ああ 関係がね
 
衛星から降ってくる文字みたい
 
相対するって
すっと
野菜みたいに食べ
ぼくも虚空で
無為な
人力車を引いている

 
 
 
詩集  「ボブ・ディランの干物」 開扇堂 http://www.shimirin.net/kaisendo/index2.html 
作者サイト  http://www.kt.rim.or.jp/~shimirin/ 
        http://www.shimirin.net/ 
 
 


 
 
 
 
 



 
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