選者  富沢智 http://homepage3.nifty.com/harunamahoroba/
 
 
 

 
 
 
さかだち
    金井裕美子
 
 
 
 
今夜も
十一時五十五分に
さかだちをしている
 
上着やズボンのポケットから
定期入れ、財布、買い物のレシート
錆びた釘やネジ
安全ピン
Yシャツのボタン
ポイントカードに
ビールの王冠
ふうせんかずらの種子
こんなものいれたかしらというものが
じゃらじゃら音をたて
化粧をおとした顔をかすめて
落ちてくる
 
そのうち内ポケットからも
昼間言いたかったのに言えなかったことば
言い過ぎたことの後悔
覚えたての花の名まえ
思い出せずにいた友の名まえ
すっぽかした約束
いじわる
うそ
ひそかに湿って
落ちてくる
 
十二時になったらやめる
いつものことだが
長い針と短い針とが重なって落ちる十二時
重なって落ちてくれる人もないから
時計の針に軽いシットを感じて
十二時を待っている
さかだちして見ていても
立っているときと
同じ速さで時は進んでいくからふしぎだ
 
さかだちのあとは
眠るだけ
きのうがつくった今日のポケットから
今日がつくるあしたのポケットへ
落ちていけば済む

 
 
 
詩集  「わたがしとけいとう」  紙鳶社 
 
 
 


 
 
 
 
 

 

共寝   関 富士子
 
 
 

合歓の木が川に張り出して繁っているので
その全身が水に映る
頬を染める刷毛のような赤い房が
流れにきりなく落ちている
さねかずらが土手をおおって
日は明るく影は濃い
そこは何年も前に住んでいた家の近くの川で
子どもたちがザリガニ釣りをしていたのだが
今は誰もいない声も聞こえない
目覚めるときに
一晩じゅう川のほとりにいたようだ
せせらぎにやさしく洗われて満たされている

少し前まではちがった
男が毎晩やってきて朝までわたしを抱きしめた
わたしたちは抱き合いながら
口説いたりののしったりするらしかった
言葉はわからないがさまざまな感情に揺さぶられて
眠りながら泣いたり笑ったりした
目覚めると首や背中に抱擁の疲れが残っていて
快楽のあとのように存分に腰が重かった
やはりとても幸福だった

男が来なくなってから
合歓の木が現れる
ときに日がかげり水に映る影はくろずむ
雲が晴れて小さな波がいくつも輝くこともある
一晩じゅうたえず見ている気がする
なんと静かな合歓だろうか
ただいつまでも川面に花が落ちるのである


 
 
 
詩集  「女−友−達」  開扇堂 http://www.shimirin.net/kaisendo/index2.html 
作者サイト  http://www.interq.or.jp/sun/raintree/ 
 
 


 
 
 
 
 

  沈黙   辻征夫
 
 
 
いきなり電話が鳴ったので
ぼくは目覚めてしまったのだ
 
夢の中でぼくは
一冊の詩集を読んでいたのだが
その中の一篇がすばらしかった
思わず
すばらしいとぼくは呟き
夢だなぞとは夢にも思っていなかった
 
だが 目覚めたとたんに
ぼくは忘れてしまったのだ
どんな詩であったか
だれの詩であったか
みんな なにもかも
ぼくは忘れてしまったのだ
 
電話の向うでは
友だちが言っている
もしもし もしもし
今日 会おうよ
一時に?
二時に?
三時に? もしもし
 
一時に 二時に 三時に
ぼくは友だちに会うだろう
そしてぼくらは語るだろう
夢のことでなく
現実のぼくらの生活について
ぼくらの今日と
明日の不安について
とめどもなく
ぼくらは語らねばならぬだろう
 
そして語ってもなお
ぼくは思い出せないだろう
あの美しい

いつまでも
ぼくは思い出せないだろう
そして書くこともできないだろう
 
ぼくは友だちに言う
すばらしいことはみんな夢の中で起った
ぼくらはそれを思い出せないで暮している
一篇の詩
ぼくらの苦しみでは創り出せない詩
それを思い出そうとしてぼくは歩いている
ぼくの沈黙を許したまえ と

 
 
 
詩集  「学校の思い出」より 
     「芸林21世紀文庫・辻征夫詩集」所収  芸林書房 http://www.3web.ne.jp/~geirin/ 
 
 
 


 
 
 
 
 

  教訓
     ”見捨てた場所に大漁が残る” 
  川端進
 
 
 
本流に背をむけ
おとり鮎を泳がせている
 

「釣れましたか」
うしろからやってきた
かとはなんだかとは
 
と みれば
釣り仲間

だけでわらっている
 
「やっつ釣れたよ」
「ええ ここで ここ 水のなかったとこだよ」
 
雨で出来た水たまりを
釣っていたのだ
ぼくは
 
でも
どんな小さな
水たまりであっても
竿は出してみることだね
思わぬ釣果がそこに
あるかもね

 
 
 
詩集  「釣人知らず」  ふらんす堂 http://www.ifnet.or.jp/~fragie/ 
 
 
 


 
 
 
 
 

  黒い袋   下村康臣
 
 
 
遅く駅へ向かう地下道を
誰かのような顔をして
ゴミ袋みたいな袋をぶらぶらさせて
勿論それにはマニアックでポピュラーな
プロダクションのロゴが入っている
予定はいつもないのだ
ここまでわざわざ出て来て
貸しクラブでゴルフ練習をし
今日は快調でしたとフロントの女の子に告げて
ゴムと金属の肌触りの他は
何が快調なものか
それなのに、それだからなのか
自分でペインティングしたシャツを着た
妙な具合の存在の希薄さについて考えよ
曲がった足で歩きながら
薄く、軽く、こんな表現では
足らない位になっている
ずい分ひきずり廻したものだ
崩れた壁を伝って
石の深みに入って行ければいいが
結局こうして何も解らないまま
混沌をもう一度混沌に返して
来たときと同じように
消えて行くんだな
衣類と本を投げ捨てたような
仕事も私生活も収拾が付かない
収拾の付かないものはもっとあって
計画している大長編詩も散逸するばかり
もっとでかいことで収拾の付かないことがある筈だ
それがぼんやり見える
ひとりひとりの姿は溶け出ていて
ぼくたちには莫大な混沌が必要だったと証明している
このブラウン管的頭の中から生れる
微量の熱と光の中で
生き延びる方法を考えよう
ぼくたちが作り出さなくてはならなかった不在
袋にして、胞衣の替わりに
それを何と呼ぼうと構わないが
比喩が剥がされると
暗闇の世界で
動詞が主語になるってこと?
何かの真似をしているのかも知れない
何かの後を追っているのかも知れない

 
 
 
詩集  「黄金岬」  ワニ・プロダクション 
 
 
 


 
 
 
 
 

  石巻先生「熱血篇」   飯島 章
 
 
 
ときどきぼくは車のスピードをゆるめ
子供たちの姿を追うことがある
 
花巻の石巻先生
熱血先生と慕われて
家庭訪問にも ちからがはいる
たとえば路地を曲がって
いきなりジャケットを脱ぎ捨てる
それから犬小屋の脇のブリキのバケツの水を
頭からざんぶとかぶる
思わず後退りする犬を尻目に
そして向かうのだ
不登校は先生もつらい
悄然とした母親の顔も うつむく生徒の仕草も
夢の続きではないのだ
 
先生とすごした春 夏 秋 冬
水泳教室では椎の木の緑を映すプールで
二十五メートルを潜水でいっきに泳ぎぬく
正月 国旗掲揚を見上げる先生が
ゆれていた
酒も 生徒もみんな好きで何が悪い
ぼくらの蛍の光の歌声に
先生が泣いていた
熱血で
泣き虫だった先生
 
花巻の石巻先生
ほたるのひかり
そして窓の雪
いまは そのひんやりとしたあかりだけが
先生の熱血を永遠に鎮めている
 
雪深い朝
自宅までのわずかなところで
側溝に顔を埋めて死んでいたという
それからいくつもの春 夏 秋 冬
側溝が分厚いコンクリートでおおわれた
そのあたりで
ときどきぼくは車のスピードをゆるめ
子供たちの姿を追うことがある
 
歓声が ぼくにもとどく
その他愛もない無邪気な遊びっぷりに
突如として
重い蓋を持ち上げ
はらはらとしたあの長い潜水のあとのように
はにかみながらも
誇らしげに先生が立ちあがる

 
 
 
詩誌  「銀猫」NO9  http://homepage3.nifty.com/ginneko/top.htm 
 
 
 


 
 
 
 
 

  十秒間の友だち   大橋政人
 
 
 
東武線の急行に乗って
浅草に向かっていたとき
北千住の手前あたりで
右側の線路を
地下鉄日比谷線の
中目黒行きの電車が追いかけてきた
 
追いかけてきて
ピタッと同じスピードになって
いっしょに走った
両方の電車が
止まってしまったみたいで
向こうの人がみんなこっちを見ている
こっちの人もみんな向こうを見ていた
 
たったの十秒くらい
中目黒行きの電車は
そのあとすぐ後ろへさがってしまったけれど
そのときもし
向こうの電車に
ぼくと同じ年くらいの女の子が乗っていて
ぐうぜん目が合って
見つめあって
お互いに目でコンニチハを言ったら
二人は
十秒間のお友だち
 
多分
これから
一生会うことのない

 
 
 
詩集  「十秒間の友だち」  大日本図書 http://www.dainippon-tosho.co.jp/ 
 
 
 


 
 
 
 
 

  銃剣   八木幹夫
 
 
 
物置小屋にかくれた時だった。
埃っぽい闇の中で棚に頭をぶつけた。
禁断の場所だったが、子供は秘密の世界こそ好きだ。
棚から重さのあるものが足元に落ちる音がした。
ナイフでもなければ包丁でもない。
錆びが赤く浮き出た鉄の塊。
「しめた!」と思った。
あの頃、海のむこうの朝鮮半島では戦争が始まっていた。
かくれんぼをやめ、遊び友達と
カタコトの日本語を話すクズ鉄屋に売りに行った。
神社で紙芝居の水飴と黄金仮面を楽しんだ。
ついに父には聞かずじまいだった。
消し去るべきものをなぜ捨てなかったのか。
父は人を殺したことがあったのだろうか。
あの鉄の塊で。

 
 
 
詩集  「夏空、そこへ着くまで」  思潮社 
 
 
 


 
 
 
 
 

  罌粟畑で   吉田文憲
 
 
 
 わたしがだれだったか、わたしがだれだったか、もう思い出せない。
 
 還れないほどに遠くへ立ち去ったものがいるのだ。
 
 川岸で、
 
 ひかる空をみあげて、
 
まなざしはいたみとなっていろとなってふるえている。
 
 罌粟畑で、
 白い耳を欹てていた。
 草になって風になって花になって声になって、
 そこをだれがあるいてゆくのかー
 
   わたしはここにいるのにここにいない。
 
  (わたしはここにいるのにここにいない)
 
 からみ合う松の枝のむこうで
 姉の声がささやく
 ・・・・・・・・
 くずおれて
 花の息にふれた
 その唇は傷口のようだ
 くるめいてゆく空の下で
 わたしはいのりながら
 だれにも見えない影法師になる
 
あなたの白い顔がゆききする罌粟畑で
 
うたははなのいたみとなってこえとなってなみだとなってふるえている

 
 
 
詩集  「原子野」  砂子屋書房 http://www2.ocn.ne.jp/~sunagoya/ 
 
 
 


 
 
 
 
 

  石原裕次郎   井川博年
 
 
 
赤木君
石原裕次郎が死んだ
あの日ぼくの隣りで呑んでいた女は
お通夜に行かなくてはといった
奥さん(北原三枝だ!)に娘同然に
可愛がってもらったからだという
家出少女のちんけな女のいってることは
まったく嘘だがぼくは許した
裕次郎が死んだからだ
 
高校生の時
きみは自転車で息せき切ってやってきて
『風速四十メートル』を見たか
俺は絶対に建築技師か土木技師になるぞ
興奮してしゃべり次の『赤い波止場』も必ず見ようぜと帰っていった
『嵐を呼ぶ男』以来何回やってきたことか
ぼくたちはみな慎太郎刈りだった
 
ぼくが大阪で造船所に勤め
船台の上で『錆びたナイフ』を唄っていた時
きみは大阪の大学の土木部に入り
ミナミのダンモ喫茶でこれからは
モダン・ジャズの時代だといった
ジーパンをはき二本指で短い煙草をつまんだ
『鷲と鷹』の真似だった
 
大阪なんか馬鹿くさいぜ東京へ行くぞ
とぼくが会社をやめて上京し
泊まる所もなく転々としていると
ハガキを読んだ赤木君も興奮して大学をやめ
東京へ行くと書いてきた
「住所不定・無職」だって! ちくしょう最高じゃないか
「電話ボックスで寝てる」だと! 『泣かせるぜ』
 
世田谷の下宿を夜逃げする時
赤木君が手伝ってくれた
タクシーに荷物を積み込み告げた行き先は
都立大学の鮫州学生寮
『明日は明日の風が吹く』
大学の寮で大学生でもないぼくは
ひとの布団を被って寝ていた
そして唄っていたぼくのテーマソング
『俺は待ってるぜ』
マンガの脇役折葉松輝のように
ぼくもなにかを待っていたのだろう
春休みになると学生は田舎へ帰っていった
誰もいなくなった部屋を掃除しぼくは
便所のサンダルをはいて新聞広告の会社の
面接を受けにいった
 
赤木君
あれからずっと会っていないな
裕次郎が死んだ日ぼくは猛烈にきみに
会いたくなった呑みたくなった
太っているだろうきみを
見たくなった!

 
 
 
詩集  「待ちましょう」  思潮社 
     「現代詩文庫・170 井川博年詩集」  思潮社 
 
 


 
 
 
 
 



 
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