選者  カワグチタケシ http://www.geocities.co.jp/Bookend-Akiko/5466/
 
 
 

 
 
 
サークルレインボー
    左鳥話子
 
 
 
 
1.あの朝
 
藍色に浮かぶ黄金のオイルのようなハドソンから立ち上る掠れた歌声
暗闇に包まれた満天の輝きが死の匂いを予言している
夜明けの地下鉄から溢れ出す人々のメイプルシロップとコーヒーの香り
運命の日に新聞を買う男のサンキューはマンホールの蒸気で潤う
さあ 朝の光が満ちてくる
 
振り返る通勤の波はダウンタウンを漂う宴の跡に顔をしかめる
ユーフラテス河の預言者で吟遊詩人は裸足で立ち尽くした
保育所に向かう子供たちに尋ねる黄ばんだ麻の衣を纏った男
親たちは足早に小さな手を引き先を急ぐ
預言者は叫び答えを求めるが男のために立ち止まる者はいない
 
男の声は地を這い動き出した車をぎざぎざに切り裂き渋滞をおこす
「二つの塔の在り処を教えてくれ」
突然の問い掛けにブレーキをかけた車窓から飛び出した白黒ブチ犬
魚屋の店先から赤黒く巨大なロブスターを咥えて去り預言者の前で跳ねた
彼は震えながら空を見上げ月に祈った
 
どうかバビロンの月よ太古の流れを遮り太陽を眠らせてください
月の詩を代弁しながら預言者はふらつく膝を折り天を仰いだ
私がどれだけの時を超えここまで来たか
二つの塔の在り処を叫ぶ浮浪者は警官に取り押さえられ引きずられて行く
暗黒の牢獄である過去へ過去へと
 
顕在するものだけが人を暗闇から守る幻想の砦なら
俺さまはいったい何者かねと白黒ブチ犬が笑う
ブチによってハドソン河に放流されたロブスターは水から這い上がり
巨大な鋏を振り回しながら打ち寄せるプラスチックの容器に立ち向かっている
濁った容器の表面には添加物表示と巨大な鳥の影が斜めにクロスする
 
あの朝 あなたはどんなドーナツを食べたか
あの朝 あなたはどんな番組を見ていたか
あの朝 あなたは誰とキスをして別れたのか
あの朝 あなたの朝は永遠だったか
 
ジェット機は塔に突き刺さり溶け込んでいく
ゆっくりと鉄と鉄とが一体となり娘の紙粘土のサボテンみたいと女は思う
肉が骨が髪の毛が降ってくると彼女は保育所に引き返す
自分の悲鳴なのか前を走る人のものかもう分からない
 
男は車窓からその光景を眺めた
警官が飛び出したのを見計らい河へ逃亡した
男はユーフラテスの河沿いを歩きながら水面にそれを見たのだった
未来も過去も人が創るものだが誰も思い出そうとはしない
 
水面に写る老いた顔を男は見た
牛飼いが枝を振り回しながら水飲む牛たちに話し掛ける
太陽は高く舞う鳥の影を熱帯びた大地に捧げる
今朝も大河は静かに豊かな水を湛え流れる
 
 
2.涙を舐める
 
僕は涙を舐める
咽喉がカラカラでお腹もへこんでる
 
僕は涙を舐めるとき大人たちのことを考える
外から攻めてくる人も守る人も
あの人たちの涙はどんな味か
蜂蜜みたいに甘いのか
コーヒーみたいに苦いのか
 
僕の弟の足が飛んだとき
その涙は空いっぱいに飛び散った
涙は星みたいにきらきらしていた
弟が戻らなかったとき僕の涙は辛かった
 
僕は涙を舐める
たくさんのことを考えて
たくさんのことを話すより
涙はもっと教えてくれる
 
 
3.サークルレインボー
 
君はどんな味が好き?
そうだ もう味わうことはできない
きっと長い旅になるんだろう
人の一生よりも魂の旅は
君は何を話してくれた?ここにいたとき
「いいよ」って言ってくれた
首を横に振ることを知らなかった
 
何が起こったか覚えている?
世界は忘れないと言っているけど
きっとすぐに忘れてしまう
テーブルに残る君の手の跡は竜巻の中心のように静かだ
すべてを破壊するのはなんてた易いのだろう
すべてが完璧に整うことなんてあり得ないのに比べて
 
街を見渡すビルの最上階には皮肉にも空が近くにあった
こんなにもやるせなく胸をえぐる柔らかいオールドローズ
鮮明な空間に手を伸ばしかき混ぜるとそこは
君が溶けたあの空
何億というカンバスのテントだ
 
人を信じるのはもう止める
それはすべての力に「さよなら」を言うことだけど
もう力なんていらない
 
この世の本当の色を見たことがある?
それは孤独の頂上が見渡せるサークルレインボー

 
 
 
 
関連HP  http://www.geocities.co.jp/Bookend-Akiko/5466/ 
 
 


 
 
 
 
 

  [無題]   キキ
 
 
 
うすく、窓にはりついた霜を爪でけずりながら、あ
なたの話を聴いていた。すべての感情が遠くなるの
は、窓越しの視界のあいまいさに囚われたとき。そ
してつめたいガラスに額をよせ、そのぼやけた輪郭
を取り戻そうとするとき。
 
 
爪先の、かじかんだような不透明な音と、あなたの
ひとさしゆびがうつろにはじくピアノの音とは、よ
く似ていて、すべての感覚がうすくなるのもまた、
こんな朝かもしれなかった。
 
 
爪のあいだに入った氷のかけらは、すぐに溶けてゆ
き、木々の密度を増す。あなたはわずかな旋律を憶
えていただけで、いくらでも話した。鳥のむなもと
の羽根は微動し、次の瞬間にも精緻なたたずまいを
なすように思ったが、ここには風がない。
 
 
[見る夢は、あなたへの一切の放棄]
 
 
音からはゆるい蒸気があがっているようで、目を見
なくても、触れなくても、その温度差のもたらす波
は家族のように響いた。外界と隔てられた場所で、
あなたはさらに遠く立っていた。立ちつくしたまま、
鍵盤をはじいていた。

 
 
 
 
作者HP  http://village.infoweb.ne.jp/~fwnp7456/ 
 
 


 
 
 
 
 

  月曜日であるその日には   ますだいっこう
 
 
 
例えば
真昼なら
光照りつける世界平和の大文字踊るTシャツの
その内側の毛の生えた起伏ある皮膚の
さらにその内側の赤黒く繰り返される闇に
この身 横たえる
褐色の空瓶 抱き締めて
 
終わりもせず
始まりもせず
起き上がりもせず這い回りもせず
奢りもせず恥じらいもせず
落ち着きもせずはっちゃけもせず太田胃散呑まず八海山口にせず
ただ この身 横たえる 
 
例えば
真夜中なら
闇包み込むエンボスの金文字列ぶ革表紙の
その内側の漢字かなアルファベットの
さらにその内側の紙色した行間の光に
この身 横たえる
栓抜きアーンド王冠 握り締めて
 
終わりもせず
始まりもせず
置きざりにもせず運び出しもせず
落し前つけずはぐらかしもせず
追いかけもせず阻みもせずOld Compton St.でもHampstead Heathでもヤレず
ただ この身 横たえる
 
例えば
考える
この街には一体いくつの電信柱が必要なのだろうか
光に向かって際限なく伸びるケーブルを ただ支えるためだけに直立する
塩ビ絶縁被覆の闇に覆われたメタル線を ただ渡すためだけに佇立する
電信柱
 
例えば電磁波 例えば室外機 例えば車輪 例えばアンテナ 例えば……
 
↑↑↑
 
例えば
せめて見上げながら
遅れもせず早まりもせず
老いさばらえもせず育みもせず
音叉も聞かず発信機にも頼らず
男交わりもせずハグすら交わさず
終わりもせず始まりもせず
ただ この身 横たえる
 
闇であり光であり今日であり月曜日であるその日には
昼も夜もずっと

 
 
 
 
作者HP  http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Theater/3233/ 
 
 


 
 
 
 
 

  パスタ   加藤亜由子
 
 
 
貴方が
二時にいらっしゃるというものですから
忙しく パスタをゆでているところです
八分間要します
ゆっくりいらして下さいね
 
貴方がいらっしゃる度に
あたしの手により 
灰がまかれておる
あの人の吸殻とともに
灰がまかれておる
貴方は煙草をお吸いにならないので
必要のない灰皿を
飼い犬の餌皿にする
 
最近 
庭のトマトの艶が良いと
母が喜んでおる
 
今日も空っぽな青空だこと
 
パスタをほんの二分程
長くゆでてしまいました
しなれた 情けないこのパスタ
貴方は決して食べないでしょう
流しに捨てるしかありません
 
流しに捨てられたら
よろしいのに

 
 
 
初出  ポエマホリックカフェ2003年4月26日 http://poema.hp.infoseek.co.jp/ 
 
 
 


 
 
 
 
 

  恋人がくれた花   西真穂
 
 
 
恋人がくれた花は
とても賢かった
家に着いて花瓶にさすと
ちがう国の言葉で挨拶と自己紹介をした
みずから訳もした
 
恋人がくれた花は
なかなか手ごわかった
汚れた葉っぱを切ろうとしたら
余計なことしないで
そのうち自分で落とすのだから
って言った
 
恋人がくれた花は
少し意地悪だった
鼻を近づけて香りをかごうとすると
あなたに分からないように
少しずつ匂いを放っているの
って言った
 
恋人がくれた花は
わたしによく似ていた
次々につぼみをふくらませて
その季節の間見事に咲き誇っていた
花は自慢げだった
そしてとても美しかった

 
 
 
初出  フィクショネス詩の教室 http://www.ficciones.jp/ 
 
 
 


 
 
 
 
 




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