選者  カワグチタケシ http://www.geocities.co.jp/Bookend-Akiko/5466/
 
 
 

 
 
 
谷間
    究極Q太郎
 
 
 
 
 都会の空には暗雲が似あうと少女は思うのだった。
 
 少女は、いつもムッとしながら歩いているので、男たち
から滅多に、声をかけられることはなかったが、ほんとう
はとても美しかった。
 年上の男たちは、どいつも、少女のことを「女の子」な
どと呼んで、やたらなれなれしく、はなから手なずけたよ
うにふるまったけれど、内心、少女は、そんな口をきくや
つらを見下していた。
 彼女に恋人はいない。最近、別れてしまったのだ。なん
とはなしに…
 いまとなっては、その男を好きだったのかどうか、定か
なことは分からない。ただ、彼は、彼女にとって偶然の符
丁をいくつか帯びた存在だった。たしかなことは、彼女は、
偶然を愛しているということである。
 
 少女がねがうのは、ただ一つのことだった。
 暗雲が、藤棚のようにからまりあい、しだいに稠密な闇
を編みこんでいく空の下で、その街の一点になることだっ
た。街の人々の一人になり、そこにあったり動いたりし、
輝いたりかき消えたりしている、すべての物のひとつにな
ることだった。
 なんの必然性もなしにそこにまぎれこんで、小指のさき
をありあわせのフックのように、世界にひっかかりたいと
願っていた。
 ときおり、天然の発光現象によって明滅する空は、まだ
昼下がりのはずなのに、すでにまっ暗だった。いましも雨
をもよおしつつ臨界までこらえようとしている、熟し切っ
た雲のかたまりだった。
 
 高層ビルには、たくさんの窓ガラスがあった。そうして
そこからはいっせいに、照明がかいま見えていた。でも、
窓からはひとの気配がしなかった。みな、めいめいの忙し
さにかまけて、窓ぎわに立つ人などほとんどいないのだ。
 だれかが、ふとそこに立って、意識やすめに眼下の通り
を見おろしてみたら、空を仰ぎぎみに顔をあげて歩いてい
く、髪のながい少女をみたかもしれない。その、ムッとし
た気味の顔が見えたかもしれない。
 だが、おそらく、朦朧とした目にはなにひとつ映らなかっ
ただろうが。
 
 歩道の植込の枝葉も、路上に散乱するゴミ屑、電柱のつ
け根の濡れたあとすら、常よりはるかに存在感をましたよ
うだった。漆をぬられた器のように、だんだん黒光りをま
してきていた。
 いつも、舞台の上でおこなわれることよりも、舞台その
もののほうが重要なのだ、と思う。
 むかし、イギリスの女の人が、切り立った、海ぎわの崖
下にある岩場から、ひとつひとつ石を切り出し、それを崖
の上に運びあげながら、何十年もかけてたった一人で、そ
こにシェークスピア劇の円形劇場をつくりあげたのだった。
 少女は、その人のことをテレビで見て知ってから、ひそ
かに自分をその女の人になぞらえていた。その人の、ほと
んど妄執のような情熱にあこがれた。
 
 暗雲たれこめる都会こそが、今このとき、少女の妄執の
対象だった。その舞台にヒースクリフのような、際立った
登場人物が、わざわざあらわれなくとも、少女は、ひとり
の物陰に、獣のような彼の心情をひそませていたのだ。
 
 歩道橋に腰をおろして、手すりの隙間から見つめていた。
車のライトが、松明をかかげた軍兵の列のように流れてい
くのを。

 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 

  青色発光ダイオード   花本武
 
 
 
嫌いだったヒトを好きになる瞬間に
輝く
青色発光ダイオード
 
好きだったヒトをより好きになる瞬間に
輝く
青色発光ダイオード
 
愛するヒトに愛してると言えた瞬間に
輝く
青色発光ダイオード
 
悲しいことに慣れちまったと悟る瞬間に
輝く
青色発光ダイオード
 
別れることを前提としない出会いに出会えた瞬間に
輝く
青色発光ダイオード
 
季節風切りさき進む自転車にまたがる瞬間に
輝く
青色発光ダイオード
 
少し酔っ払ってふと誰かのことをかんがえる
瞬間に
輝く
青色発光ダイオード
 
退屈も充実も意識しないですむ
エブリディ
エブリネス
 
感謝
ピース
春夏秋冬
 
いましばらくは この流れに身をまかせ
たゆたう
メロウ
アンテナも順調
 
明日も今日の延長だけど
大好き
太陽にウィンクして
まぶしいなぁ
 
輝け!
青色発光ダイオード

 
 
 
 
作者サイト  http://www.geocities.jp/dennounishiogi/ 
 
 


 
 
 
 
 

  ライ麦畑で捕まえて   木棚環樹
 
 
 
ライ麦畑で捕まえて。
村上春樹は正しく訳しただろうか?
キャッチャーイン・ザ・ライ。
アルファベットをカタカナに直しただけじゃないか。
「止まれ」
私は言いたい。
その方向は危うい。
警官が私に近づいてきて尋ねる。
「その道路標識はどこから持ってきた物ですか?」
「夢の島です」私は答える。ドリームアイランド。夢の中で僕は道路標識を拾った。
「公共物を個人で取得することは、法に触れるのをご存知ですね」
警官はいう。
「止まれ」私は標識を掲げる。
いま警官達が行こうとしている方向は危険だ。夢の中で拾った物を器物破損に結びつけ、牢獄に入れようとする。
「道路標識は国家の物であって個人で所有する物ではない」
そうおっしゃるのですね。
警官は言う
「個人で持っていても仕方ないでしょう」。
路上において、どのように振舞えば安全かつスムーズにことが運ぶのか。それを人間が判断し、状況に応じた標識を掲げる。かつて日本にもそんな良い時代があった。いまじゃあ、どうだ。みんな国家にまかせっきり。人間ではなく、鉄筋コンクリートが掲げるルールに人間様が従うありさま。彼ら鉄筋コンクリートに道路上の状況判断ができるかってんだ。俺は路上に立つ。そして標識を、在るべき理想を、在るべき真実を掲げる。アレンギンズバークも言っている。
オン・ザ・ロード(注1)。
ここは道路。
こんな通路、
ひいちゃいけない、
女子供。
道路交通法が合理化されて、道路標識が機械化されるまで、標識は人間の手で掲げられていた。だから俺は、今の時代にあえて古い道路標識を抱えて立つ。
警察は言う。
「それはフィクションの世界ですね。夢の島とか道路標識を掲げる人とか」私は言う
「フィクション。それも良いだろう。ありのままの厳しい現実ではなく、優しい嘘の世界に生きることで救われる人達もいる。かれらは野ざらしの現実より、美しいフィクションを求めてるんだ。」
警官は言う。
「でもときどき、あんたのように向こう側の世界に行っちまったまま、戻ってこれずに法を犯す人間もいる。そんなやつらを捕まえるのが現実の世界に住む俺達だ」
私は思う。
「いや違う。優しい嘘に囲まれて生きて行けるのは幼いうちだけだ。誰もがいつかは大人になり厳しい現実の荒野に立つ。限られた期間しかいれないから人は優しい嘘を信じたいと思う。もし、その空想の世界で戯れている間に危険な谷底に落ちそうな子が居たら。僕が行って道路標識で知らせてあげる。詩はフィクションでしかないけど、フィクションは日本語で嘘。嘘は英語でライ(注2)。ライ麦畑で捕まえて。キャッチャー・イン・ザ・ライ。」
 
 
 
注1:オン・ザ・ロードはジャック・ケルアック Jack Kerouac著で、アレン・ギンズバーグAllen Ginsbergは小説のモデルの一人。朗読時、この辺りはさいとういんこさんに突っ込まれた。
 
注2:ライ麦は"rye"。嘘は"lie"。発音記号的にもライ麦は「rai」なのに対し、嘘は「lai」類音語ではあるが、同音異義語ですらない。やはり村上春樹は正しかったのだ。
 
この詩は道路標識の赤い「止まれ」を掲げて詠まれている。

 
 
 
 
作者サイト  http://www.pat.hi-ho.ne.jp/kidana/dope.htm#road 
 
 


 
 
 
 
 

  黙殺   松本暁
 
 
 
ここで桜が咲くのを待ってる
大木の下 腰を下ろし 
葉をすかして空を見てる
幹の奥の 樹皮の底では
桜の血管が脈拍し 音を立ててるらしい
知識として俺はそれを知ってる
うさぎが草むらからあらわれ 
俺の足の裏に頭をぶつける
うさぎは顔をあげ こう言った
 「もうすぐ竜巻が来る
  お前の迷いよりも 
  深く暗い渦だ」
 
しばらくすると空から
大きな岩がいくつも降って来た
身をかくすよりも早く
岩は地面につきささった
俺は木の下から動かなかった
岩はこう言った
 「もうすぐ雨が降るぞ
  お前がなにかを選ぶひまなど
  与えてくれないほどの 
  土砂降りの雨が」
 
遠くを走って行く一台のバイクが見える
ついにスピードが自意識と筋肉の限界を追い抜き
男がシートから投げ出された
路上をすべる2つのタイヤがこう言った
 「もうすぐ冬が来る 
  まず始めに凍るのはお前の心だ
  お前が今まで見捨ててきた 何人もの浮浪者達のように
  お前は お前の体に
  黙殺されるだろう」
 
俺はポケットの中に針を見つけた
針との最初のコミュニケーションは
指先深くささる痛みだった
針はこう言った
 「俺がナイフでなくて残念なようだな
  お前が昔 子供部屋の窓を
  銃で撃ち抜く想像をしていたことを
  俺は知ってる
  もうすぐ夜が来るぞ
  俺はお前の夕焼けだ」
 
 
炎が燃え上がった
マグマは大地の動脈だ
俺は決して失血死することのない
ぶあついかたまりの上に立ってる
空を突き上げる炎は
幹であり葉だった
炎が言った
 「言葉を放棄するな
  それは生きることを放棄することだからだ
  感情に言い訳をつけるな
  仮の感情などない
  全てがお前の心だからだ」

 
 
 
 
関連サイト  http://homepage3.nifty.com/miki1973/days.htm 
 
 


 
 
 
 
 

  挿話のように   北川浩二
 
 
 
そうしてこれ以上話さないのはわかることが自分にとても痛いからだ
うなずくように下を見ると、涙は喉元でつっかえる
空を見上げることは特別な幸福の権利になる
ぼくはまた心へ向かう、あらゆる現実を中断して、
祭りのような明るさの中を
歩くのもこれが最後だ、
と思いながら
 
生きてゆく? ぼくはそう、生きたら
かなしい病気があって、はねかえす希望があって独り言があって、
他人がいて・・・それは
意外だったそして
きこえない、きこえませんもう一度言って下さい、て
ねえもう一度、て 何か
アンコールのように熱くなってひとの告白をかなしさを
きくことはもっとも意外なことだ
 
共に気づかいながら、ゆっくり明日へ歩みよるうつくしい挿話
のひとつも持っていないぼくは きっと
ぼくの決定的な貧しさとつきあわなくてはならない
そしてもうひとつ、ぼくは
何か抱きしめることもあやまることもできない、ああ ここは病院じゃないのに
 
待合室じゃないのに。動かないことで心だけとばす、それは
軽い後遺症のようなぼくの恥ずかしい仕ぐさ それも、頼まれているみたいに
 
ぼく、情けないけど考える、
こんなにはなやかな四月の夜と花の香りと誇りとみじめさの中で
すれ違うひとびと、その時感じるかすかな予感を
信じきってぼくは行けるかと 未来のような今、今こそは
 
頼まれればやっぱり快活に 明るく
ほほえみながらどこかの家のチャイムを

 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 

  どこ吹く風よ   アウトノ宮
 
 
 
どこ吹く風よ
どこ吹く風なのか
 
私の喜びは
どこ吹く風の中に
 
私の怒りは
どこ吹く風の中に
 
私の悲しみは
どこ吹く風の中に
 
どこ吹く風よ
どこ吹く風よ
 
私たちの喜びは
どこ吹く風の中に
 
君たちの怒りは
どこ吹く風の中に
 
彼らの悲しみは
どこ吹く風の中に
 
どこ吹く風よ
どこ吹く風なのか

 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 

  重病男/続・重病男2003八月・九月   モリマサコ 改め モリマサ公
 
 
 
重病男
健康的、とある樹海、あるく。
ワイドショー、今朝、事件、逃走中。
幼な妻、ゼロ才児、惨殺、放火。
男、柔順、ソボク、笑顔、やさしい声、動物たち、
話しかける。
「けものよ
こんにちは
けものたちよ
こんにちは
けものよ こんにちは
きのう なにを していましたか
ぶっそうなので おきをつけて
ゆだんなさらぬように
 
雨ですね
雨ばかりですね
 
けものよ
とつぜんですが
中毒というものの
味をしっていますか
あれは
人肌ですよ
毒のような
味でしてね
あれは
蜜になりますから
おきをつけなさい
 
ちいさな
けものたちよ
こんにちは
こんにちは
もうすこうし
この しめったうえに
よこたわって いましょう
枝が
枝に
かさなって かさなって
かさなりあって いるので
ここはすこうし
うすぐらいね
 
おこってはいけない
ないても
いけないよ
 
うつくしい けものたちよ
この しいんとした くうきを
かぎながらどうぞ
よこになってください
 
おや
あっちから
おみずのいいにおいがするね
のどがかわいたら
シダをかきわけて
のみにいこうか」
 
 
続・重病男
 
そのぬかるみに
足をとられ
足首までのめりこませながら
その男にあいに動物たちはむかうのだ
動物といっても何の動物かときかれても
こたえがたい奇妙なすがたで
みればみるほどさっぱりで
しっぽがずいぶんあるようでいっぽんもないし
おおきいし ちいさいし
ハリガネのようで ガラスのようで
ただ とうりすぎれば
あれは 動物だったと だれもがくちをそろえるような
足がないものは うでで
うでがないものは からだで
(からだのないものは くちで)
そのぬかるんだ世界を
かれらはむかうのだ
かれらにしてみれば
むかいはじめて 日の浅いものもいたし
なんにちもなんにちもかけて
むかってくるものもいた
そして あめは かれらが むかおうと
おもったそのときに
ふりはじめたのである
やがてたどりついた動物たちは
泥だらけでよごれて
しんからひえきっていた
いらいら してみえた
男に
いたりおこったりしてはいけないと
さとされ
おはなしにみみをかたむけ
ぬかるみにつかりながら
動物たちは
すこしよこになったほうがいい
という 声に従う
あたりはうすぐらくしめったくうきがあまくただよい
男はうれしそうに
あたりをみまわし
もうすこししたら
おみずをのみにいこうかと
どうぶつたちを
さそいだす

 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 

  船酔シンパシー   西野智昭
 
 
 
自転車を漕いでいると
自分がひとつの機関になっていく。
自転車が家に帰ろうとする。
油を注しているのは、誰だ?
 |
たらたらと垂れて
地に染みていくもの
さらさらと乾ききった
言葉っ屑の砂漠を
点々と汚す
僕の背中を滑る機械油は、
 |
自転車を漕いでいると
自分がひとつの機関になっていく。
自転車が家に帰ろうとする。
油を注しているのは、
 |
なぁ、不動産屋よ
お前はまだ中国人を追い払っている。
金を稼ぎながら
外国人の幸せについて考えることは
とても難しいな、兄弟よ
明日の予定を暗唱しなくちゃな。
 |
前進するときは
前進するために
ハンドルを握り
クランクを回し
バランスを取り
僕は
 |
(だけどほらこうして)
風に彫り出されている僕は
ちゃんといるじゃん、ここに。
(それでもこうやって)
 |
円の巡礼者たちの
ワイシャツを透かすマルボロは
新参の同胞が
挨拶がわりに空港で買ってきた土産物で
紅白の柄は、アジア人らしい信心さ
洋モクで粋がるのは
あんがい年下の証拠かも
 |
自転車を漕いでいると
自分がひとつの機関になっていく。
自転車が、
 |
家に帰る。
歪なシンパシーを拾い集めて
世間にあげる。
 |
自転車の回転の中に潜む
無頓着な苦労が地球を回す。
捨てるに捨てられず
埃をかぶった地球儀を
 |
どこかの
塀の隅に隠れた
 |
二人の娘が嫁いでしまった
まったく静かになった秋の老夫婦の
新築当時、自慢だったコンクリの
幾匹も縁日の金魚を飼って
今は、落葉も揺れない
浅くて、小さな池の中に
地球儀を沈めて
 |
僕の油の
虹色の波紋を一滴
垂らしてあげる。
 |
あげる。

 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 



 
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