選者  いとう http://poenique.jp/
 
 
 

 
 
 
夕方Temps
    にしはら ただし
 
 
 
 
夜まじか 穏やかな暖かさが日溜りに残っていて 乾いた風が顔を洗っていく
遊水路の横を犬と歩いていて口笛を吹きたくなった
理由もなく古いリズム・あーーんど・ブルースのメロディーをこぼしてさ
ちょっとうつむいて ちいさく吹いたら 横丁の路地の奥から柴犬が わん といった
 
うれしくなって 少し くちづさんだ 「あーいげーすゆーるせぇぇい…」
はっ!!  「わっきゃんめいくみぃふぃぃるでぃすうぇい」
はぁぁ!! 「まいがぁぁぁる まいがぁぁる」
気がつくと犬が見上げて笑ってる
小さくて手を振って にやりとこたえる
 
ああ五月は バラの季節 歩く先々でいろんな色のバラに出会う
婦人がふたり 植栽の前で意見交換 色の配置の感覚交感
脇を擦りぬけ風の吹くほうへ歩く
柳が手まねき
はっ!!  「しんすあいろすまいべいびー」
はぁぁ!!    (口笛)
20m向こうでは眉間に思いの糸屑を詰め込んだような顔をしていた女子大生が
すれ違う時に幸福そうに笑った
はっ!!   ハナ(いぬ) おれたちいいことしてるんだぜ
 
はっ!!   「うーぃうー べいびべいび」
歌手が違うよ 犬がそんなこと いった気がした
かまうもんか おれは歌うんだ 
はっ はっ!!
はっ はっ!!

 
 
 
初出  西原文滴堂  http://writer.gozans.com/writer/859/ 
作者サイト  http://www2.ocn.ne.jp/~waltz/ 
 
 


 
 
 
 
 

  魚   林本ひろみ
 
 
 
何だかひどく感情的になっている夫を氷詰めにし
 
その額に千円札を一枚貼り付ける
 
 
 
息子たちの部屋に行き
 
小銭入れから小さく折り畳んだ千円札を取り出すと
 
広げて皺を伸ばしてそれぞれに一枚ずつ手渡す
 
 
 
こういう夜はいつもそうなので何も言わなくても
 
晩ご飯はこれですませておいてくれということだと
 
息子たちは納得している
 
 
 
魚を取りに行くのだ
 
 
 
外に出て空を見上げると
 
月のまわりをドーナッツ状の雲が取り巻いている
 
急がなくてはならない
 
 
 
公園にはもうすでに大勢の人が集まっている
 
このあいだ朝のニュースショーで取り上げられたせいで
 
どこの公園も急に人が増えてしまった
 
 
 
みんな空を見上げている
 
魚はあの月のまわりの雲に囲まれたあたりから
 
風の流れに乗って降りてくるのだ
 
 
 
とうとう買いましたよ
 
ああ通販ですね
 
竿が五メートルまで伸ばせます
 
釣り竿と同じような構造ですかね
 
 
 
背中で聞きながら私は手製の魚笛を取り出す
 
近所の写真屋で貰ったフィルムケースに
 
カッターナイフで穴を開け紐をつけたものだ
 
 
 
魚が降りてくる
 
いつになく大きな群れだ
 
もう公園のイチョウの木のすぐ上あたりまで来ている
 
 
 
魚の群れの動きに合わせて
 
竿やら網やら袋やらバケツやらを持った人の群れが
 
右に左に入り混じりもつれ合いながら移動する
 
 
 
私は一人公園の隅で魚笛を回し
 
群れから離れた魚だけを
 
二重にしたビニール袋の中に呼び集める
 
 
 
群れから離れても魚は魚だ
 
 
 
袋に入ったとたん魚は凍りつき
 
まっすぐに伸びた細い棒のようになる
 
袋のまま束ねて魚笛の紐でしばる
 
 
 
家に帰ると息子たちに魚はいるかと一応聞いてみる
 
次男はいらないと即答し
 
長男は欲しければ自分で取りに行くと答える
 
 
 
台所に行くと夫はまだ額に千円札を貼り付けたまま
 
下半身は凍り付いた状態で
 
椅子に腰掛け水割りを飲んでいる
 
 
 
魚を半分に折ると水割りに突っ込み
 
ぐるぐるかき混ぜる
 
魚は徐々に溶けていき
 
やがてすっかり影も形もなくなる
 
 
 
夫は美味しそうに水割りを飲み干し
 
何も言わずに
 
じっと私の手元を見ている
 
 
 
いっぺんに飲むと身体によくないでしょう
 
残りは冷凍にしておくから
 
明日また飲めばいい
 
 
 
冷凍庫の扉を開き
 
ビニール袋ごと魚を押し込む
 
袋の中で魚の目だけが青白く光っている

 
 
 
初出  ぽえ茶(リーディングイベント)  
作者サイト  http://www.geocities.co.jp/Bookend-Yasunari/6534/ 
 
 


 
 
 
 
 

  鳥は自由に飛ぶ   ダーザイン
 
 
 
鳥は自由に飛ぶ
一本の線によってへだてられた空間を
風つかいのグライダーのように滑空し
大気をはらんだ凧のように静止し
熊蜂のように羽ばたいて流れの外に飛跡を残したりして
そして時には それら小さなものたちは
烈風の中の紙吹雪のように 空間のあちらへこちらへ
ちりぢりに打ち捨てられたりもする
 
今日 老人ホームは海辺のさんぽ
風のつよい午後 砂粒がほほを打った
大砂塵という映画があったね どんなお話だっただろう
介護福祉の実習生が たわむれにおばあさんの足に砂をかける
どう あたたかくて気持ちいいでしょう
 
雲がちぎれて流れていった 砂粒が目に入る
なかば砂に埋もれかけた空き瓶の口が 風を受けてびょうびょうと鳴る
カモメはカモメ
カモメよカモメ
籠の中の鳥は いったいいつ出会うのだろう
 
実習の娘がおばあさんの足の上の砂を払う
ちょっと呆けたおじいさんが そのかたわらで砂をつかみ 埋め戻そうとする
まあ もう砂かけないでと彼女は笑った
帰る時間だから靴はいてバスに乗りましょう
 
まだ埋めてくれなくていいんだよと おばあさんも笑った
 
風の強い午後だった
閑散とした海辺
横たわるからだの上を 砂が流れていく
砂浜の砂の上に
打ち上げられた貝殻の曲面に
閉ざされた海の家に
置き忘れられた境界の旗の上に そして
波打ち際にたたずむ人々の上に
飛砂が 一枚の膜を作っていった
 
鳥は自由に飛ぶ
一本の線によってへだてられた空間を
風つかいのグライダーのように滑空し
大気をはらんだ凧のように静止し
熊蜂のように羽ばたいて流れの外に飛跡を残したりして
 
そして時には
砂浜の砂の中に
飛ぶ鳥の飛影が
化石していたりする

 
 
 
初出  For you  http://uonome.omega-zz.com/foryou/ 
作者サイト  http://members.at.infoseek.co.jp/warentin/ 
 
 


 
 
 
 
 

  宝くじ助成事業ツバキ植栽228本 下田市   森本あかね
 
 
 
椿はバラ科の花で容姿もバラそっくりですが
(バラに比べて開きすぎてますがね。観音様が見えてますよ)
一面の椿に匂いはないようでした。
 
それは私の鼻が悪いのか、
それともむんと地面から立ち上がってくる有機物の、
あまりに存在を主張する小さな有機物の、
むらむらとした匂いに負けていたからでしょうか。
 
私は突然もよおしました。木の下にしゃがんで小用をしました。
飛沫で茶色い木の葉が濡れて、そこから湯気と臭気がたちました。
 
タライ崎『椿園』
この椿園は、美しい紺碧の海や伊豆諸島を始めとする近隣の島々の素晴らしい景色を、さらに多くの方に楽しんでいただけるようにと、下田市が苗木を提供し、地元田牛観光協会、田牛区の皆さんの手により、昭和54〜56年の3年間で『ヤブツバキ』105本が植えられました。2月〜4月には気品のある姿が楽しめます。
 
質問。この立て札は、散歩道にいくつ立っていましたか。
『4つ』
 
質問。これは「情報」ですか、それとも「情報以外の何か」ですか。この森にはいくつの「情報」がありますか。
若しくはこの森にはいくつの「椿に関する情報」がありますか。
また、立て札の中に「情報」はいくつありましたか。
『森は私に情報する。私は森に情報しない』
 
私はまた
突然の尿意に襲われる
椿の立て札 とその記録
私の尿 とその記録
ほとばしる 情報
 
足元に、マダラ色の椿がどさりと転がりました。中を覗くと、ちいさな毛虫が住んでいました。「あ、一等当選ハワイ旅行。」
 
228本目の 椿の声を聞きました。

 
 
 
 
作者サイト  http://www.geocities.co.jp/Bookend-Kenji/7547/ 
 
 


 
 
 
 
 

  グロテスクマーチ   からふ
 
 
 
子供が無表情に
 
 
 
隣の女の子と
 
 
 
小動物を食べている
 
 
 
ひとつまみ ふたつまみ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
また頭が噛み砕かれた
 
 
 
そしたら黒いものが
 
 
 
ドロドロと手に付いた
 
 
 
まるでバンパイアみたいだ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
マーチとは程遠い
 
 
 
とても暗い音の連なり
 
 
 
子供達の顔が
 
 
 
緩んで弾けた
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どんどん食べられていく
 
 
 
可愛らしいお菓子
 
 
 
とても甘いのだけれど
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
食べられていく
 
 
 
コアラの笑顔が
 
 
 
ものすごく、怖いの。

 
 
 
 
作者サイト  http://shinjuku.cool.ne.jp/mayakashi/ 
 
 


 
 
 
 
 

  5月7日   箱
 
 
 
雨の日は水やりもなしに出かける。
 
植物は育つか枯れるか、いつもどちらかで、
枯れたまま育ったりはしない。
 
土など、ありふれたものの中へ手をのばし、
匂いをかぎ分けるようにしている。
同じ土色なのに、ここはちがう、ここには触れたい、と。
 
葉が茂り、収穫をもたらしたあとには、
同じ色のままで痩せているという土。なにが足りないか訊いたら、
ほねやらなにか
と、土は話さないから、部屋の中から誰かが言った。
 
骨には、カルシウムやリンなどその髄には鉄が含まれている。
ほかのミネラルや窒素化合物、ぜんぶあれば肥料になる。
 
育つ茎に目指すものを感じるから、
それはたぶん
希望みたいなもの。
 
光が射す方向とか風の種類や土の成分、水やりのひとに左右されている。

 
 
 
初出  http://www.enpitu.ne.jp/usr7/78071/ 
 
 
 


 
 
 
 
 

  発声練習   添嶋 譲
 
 
 
演劇部の発声練習から逃げるようにして給水塔の裏
街がいちばんよく見える場所に二人しゃがんだり黙ったり
良くない噂ばかり耳にする君の
助けてと叫ぶ声が聞こえてきそうで
今日も後を追いかけてきたのです
 
君はなにかあるとすぐに僕のいる教室の前を通りすぎる
 
何を話すでもなく何を聞くでもなく
僕たちは陰る日の消えてゆくさまをただただ焦点も合わさず
少しは気の利いたセリフなんかも出てくればいいのにと
他人事モードで自分を責めてみたり
君はといえばくちびるの裏側を強めに噛んで
涙のかわりに僕の右手をぎゅう、と握りしめるのです
 
(あ・え・い・う・え・お・あ・お・あ・え・い・う・え・お・あ・お)
(あ め ん ぼ あ か い な あ い う え お)
 
鼻をすすっては握りなおす手の力の加減が
僕に悲しみを半分だけ振り分けようとしているのでしょう
「僕たち、いつも一人でいるけど、一人ぼっちじゃないよねぇ」
なんとなくいってみたら君はうんとうなずくとそのまま泣き出してしまいました
 
 
 
 
(「水馬赤いなあいうえお」『あいうえおの歌/北原白秋』より引用)

 
 
 
 
作者サイト  http://www.nsknet.or.jp/~w-works/ 
 
 


 
 
 
 
 

  動物屋   T.T
 
 
 
動物屋へいった
小さいながらも庭を持ったからには
その庭に生き物を飼いたいと
妻がせがんだのだ
手間がかかるじゃないか
世話ならあたしが 
と ひかない
ならば 見るだけ 
と 坂を下ったのだが
庭とは云わず座敷で飼いたい
人並みに服なんかも揃えてやりたい 
と きたるべき未来について 妻は 夢想しだした
和むわ 和むわ 溢れる妄想の庭に
陶酔の夫婦が いるらしく
ほら 和むでしょう 軟らかく頬をゆがめて
団欒を繋ごうとする つがいがいい 仔ができて 
庭を駆けて回る姿が
ありありと脳裏に 開かれているらしく そうよ名前よ
考えていてくださいな うつくしい響きを
次々と空に並べはじめ 考えてくれていますか
どれにしますか こんなんでいいんですか
優しい響きがいいでしょう こんなんではどうですか
ねえぇ と 踞りはじめた私の背に
沢山の名を刻みつけてくる
動物屋に 入れば 
旺盛ですか 多産ですか
適応性はどうですか
何と何がかかっていますか
お乳などはどうなのですか と 
主人を 追い回してる 私の姿が映り込む程
大きな瞳の黒い仔が じっと こちらを 伺っている
私はつとめて優しく ほら視て御覧
従順そうだよ 元気そうだよ きっと和むよ ほら・・
いや! そうじゃない これはちがう あれはちがう
どこにそれはあるのでしょう? と主人に詰め寄っている
なあ 聴いてくれよ おまえ 
小さいながらも
庭を持ってしまったからには
その庭に 私は木を植えたいよ 手間はかかるが
世話なら私が きっと和むよ 溢れる妄想の小さな庭に
一本、木が生えて来て 適応性はどうだろう
たくさん葉をつけるだろうか 虫など 湧かさないだろうね 
そうだ 花もいい
南国の花だよ 咲き乱れる光景がありありと
脳裏に拡がって来て 和むよ 和む・・・
杭を打って 仕切ろうよ 
繁殖だよ 旺盛だよ 
さあ おまえ 植物屋に いますぐいこうよ
と 云ったが 聴かない 
こんなんじゃない こんなんじゃない
あたし達の仔は こんなんじゃない
それはどこにあるんでしょうね と
かたっぱしから物色してる
私はつとめて優しく ほら視て御覧
四つ足だよ 毛だらけだよ 牙だってちゃんと生えてるよ
来るはずもない未来について 
妄想を止めぬ妻の肩が
度を越して震えだした 
ぞろぞろと頬を濡らしてしまうと
つられて 私もほろりと零した 
手を取って崩れてしまえ
手を取って崩れてしまえ
そうすればひとまづ治まるじゃないか
と おもっていると
いやちがう いやちがう
あたしの仔は こんなんじゃない 
取り合った手を 振払い
和むわ きっと 和むわ
かたっぱしから物色を また
一から はじめた

 
 
 
初出  poenique  http://poenique.jp/ 
 
 
 


 
 
 
 
 

  神さまのことば   シルチョフ・ムサボリスキー
 
 
 
むかしむかし。
偉大なる神さまは山とか森とか海とかアメーバーとか
金魚とか象とか…ともかくいろいろとつくられた。
そして神さまはバナナの出来にすっかり満足すると
最後、蟹の足に肉を十分に詰め込まないまま
ぐっすり眠りにつかれた。
 
(以下、敬語省略。)
 
そして何十億年かして神さまが目をさますと
そこにはかわいい猿からどう変化したものか
にんげんというぶさいくないきものが繁殖していた。
 
神さまはにんげんの世界をのぞき込んでみた。
そこには自分がつくってないものが色々あってびっくりした。
種なしスイカとか野球とかコカ・コーラとかピルとか…
 
なによりも神さまがびっくりしたのは
にんげんたちのつかってる「ことば」という
へんてこな模様だったり鳴き声だったりするものだった。
 
自分のことを書いた本がベストセラーだと小耳にはさんで
神さまはちょっと照れながら聖書を読んだ。
するとそこには洪水をおこしたり火事をおこしたり
身におぼえのないことばかり書かれていてむかついた。
 
罪とか罰とか愛とか赦しとか…それってなんだろう。
にんげんはさわれもしないものを
ことばにしてつくれるらしいと神さまは知った。
 
神さまは悔しくなってことばについて勉強した。
ロミオとジュリエットを読んでちょっぴり泣いた。
そしてその材料としてはアルファベットが26文字と
オクスフォードの英英辞典が1冊あれば
すっかり同じものがつくれるんだということがわかった。
 
でも神さまは小学校もでてないので作文が苦手だった。
わたしわ。と書き間違えるたびにむしゃくしゃして
つい地震や洪水、雷を落としそうになった。
こいつはいけない、とおもった神さまは
ながいながいながい錠前をつくりだした。
 
ひとつひとつのシリンダーには
26文字のアルファベットが刻まれていた。
 
かちかちかちとひとつずつ動かしつづけていると
いつしかそれがカチリ!とひらいて
ものすごいことばが生まれるんじゃないか?
かちかちかち…全部の組み合わせを回してみることにした。
どうせ自分は死なないから気長に
それはいい暇つぶしになりそうだった。
 
神さまは自分のつくった世界を見守るのも忘れて没頭した。

 
 
 
 
作者サイト  http://www.hinden5.com/ 
 
 


 
 
 
 
 



 
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