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高村光太郎

 

 
道程
母をおもふ
孤独が何で珍らしい
晩餐
あどけない話
レモン哀歌
荒涼たる帰宅
梅酒
案内
あの頃
報告
 
 
報告   高村光太郎
 
 
あなたのきらひな東京へ
山からこんどきてみると
生れ故郷の東京が
文化のがらくたに埋もれて
足のふみ場もないやうです。
ひと皮かぶせたアスフアルトに
無用のタキシが充満して
人は南にゆかうとすると
結局北にゆかされます。
空には爆音、
地にはラウドスピーカー。
鼓膜を鋼で張りつめて
意志のない不生産的生きものが
他国のチリンチリン的敗物を
がつがつ食べて得意です。
あなたのきらひな東京が
わたくしもきらひになりました。
仕事が出来たらすぐ山へ帰りませう、
あの清潔なモラルの天地で
も一度新鮮無比なあなたに会ひませう。
 
 
 

 
 
 
 
 
 


高村光太郎死す   草野心平
 
 
アトリエの屋根に雪が。
ししししししししふりつもり。
七尺五寸の智恵子さんの裸像がビニールをかぶつて淡い灯をうけ夜は更けます。
フラスコのなかで泡だつ酸素。
 
  「そろそろ死に近づいてゐるね」
  それからしばらくして。
  「アダリンを飲まう」
 
ガラス窓の曇りをこすると。
紺がすりの雪。
そしてもう。
それからあとは言葉はなかつた。
 
  智恵子の裸形をこの世にのこして。
  わたくしはやがて天然の素中に帰らう。
 
裸像のわきのベッドから。
青い炎の棒になつて高村さんは。
天然の素中に帰つてゆかれた。
四月の雪の夜に。
しんしん冷たい April fool の雪の夜に。
 
 
 
※「智恵子抄」悲しみは光と化すより引用
 
 
●ルビ
鋼(はがね)
●ルビ
更けます(ふけます) 
泡だつ(あわだつ) ガラス窓(がらすど) 

 
 
 
 
 

底本:新潮文庫 智恵子抄 高村光太郎著 新潮社

 

 
 
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