セコンド(選外佳作)vol.29 Send us your poetic heart. |
道 ●鈴木倫子 ●SITE 新宿御苑の樹々は 剪定される樹と 剪定されぬ樹があるという 剪定される樹は まっすぐに伸びるが小ぶりとなり 剪定されぬ樹は 枝を縦横無尽に伸ばして 天に向かい 地に向かい 大ぶりとなる 自然にまかせて営んでいる プラタナスの根元には やわらかい土と それを覆い隠さんとする大落ち葉 ほどよい温かみ 道にも剪定された道と 剪定されぬ道がある 都市計画という名の下に 大労力を使い 大資本を注ぎ込んで 国家の象徴として造られた道 すべての道はローマに通じ 決して歪みは許されない その外側否内側には 計画とは縁のない道がある 獣道と呼ばれ 様々なモノたちの足が 年月をかけて踏み固めた道 その道を使うものが絶えれば 草木に覆われ 道を作ったモノたちと 地縁で結ばれたモノたちが受け継げば 道は左右へ枝分かれてゆく それは自然の摂理次第 ただひたすらに営むために使い続けた道は 年月とともに 村落という母集団をつくり上げてゆく その積み重ねを知らずして 利便 繁栄のための道を造ってばかりでは やがて草木に覆われ 標も失って 血迷うモノたちの墓標が 標となる 評● 河野龍彦 ●SITE 鈴木さんは、私のアドバイス等必要の無い立派な詩人である。選にもれても コツコツと投稿してきた甲斐があった。自分の信念として時事的、政治的な テーマを掬い上げてペンにしてきた。選を決めた理由は三連から四連が本筋なのだが 感情を押さえて展開の構築に重きを置いたのが、作品から漂ったからである。 恋愛詩もそうだが、時間が必要ということです。 まり と 水銀 ●イグチユウイチ ●SITE 古い体温計が、もてあそんでいた手の中で 音も立てずに割れました。 すらりと ななめに切れた指先から、 白いシーツに ぽたり と赤い血が滲みました。 体温計のガラスの管からは、夢のように美しい水銀がこぼれて、 指の傷口を伝い、ベットの上を滑って、 やがて 木造の床に落ちました。 その日は、もうすぐ梅が咲くのではないかと思うほど、 暖かな陽が差す 一月の祝日で、 十四の私は 静まった病室に ただひとりでした。 右の中指から染みてくる紅い血を見ながら、 これが 病んだ私の中を走る河なのだと思いました。 切れて 小さくめくれた皮膚の境目は、 二重の薄紅色をしていましたが、 押し当てたガーゼを離してみるたび、 何故だかそこが 濃い紫色に染まっていくのでした。 " 水銀は うんと強い毒があるすけ、 体を腐らす 毒があるすけ、 どんげんことがあっても 触ってはならんがよ。" 部屋には、置き時計の針だけが響いていました。 壁にかかった学生服とスカートが、 視線を逸らしたような気がしました。 両の眼には 今にもこぼれそうなほどの涙が湧いてきましたが、 大げさな深呼吸で 何とかこらえる事ができました。 突然現れた紫色の傷は まるで、 時間切れを告げる刻印のように見えました。 この紫は 私の皮を 肉を 喰い破りながら ただ一途に 心臓を目指すのでしょうか。 深く病んだ この肺よりも早く。 不意に私は、まりを想いました。 可愛い子猫のまま死んでしまった、可哀想な まり。 心無い誰かに 熟れた果実のように頭を割られた その最後は、 右の前足だけが蜘蛛の糸で釣られたように 天に向かって 力無く伸びていました。 死は、クレゾールの臭いなどではないと 私は知っています。 本当の死は、腐った臓物が発する 濃ゆい汚物の臭い。 夏の神社で潰れていた、まりの臭い。 眼から涙があふれた瞬間、 すべての風景が 色を失っていくのが見えました。 レースのカーテンが、まるで最後の景色のように 優しく 川風に揺れていました。 評● 河野龍彦 ●SITE 暗いテーマでありながら、新鮮さを感じたのが選の理由。 14歳の少女が作者本人でなければ、魂と魂のぶつかり合いであったのだろう。 だから、「です:ます」調で統一したのか。 しかし、最後の言葉、/揺れていました。/は、もっと、表現を強調したほうが良かった。 セーフモード ●汐見ハル ●SITE 横断歩道のストライプを 白のとこだけふみながら 用心深く歩いて 見上げた歩行者用信号の青が 点滅をはじめて スクランブル交差点が早送りになって ひとりだけスローモーションの動きになりながら わたしはおまじないをする 赤になりきるまえに 向こうの歩道を踏むことができたら 割のいいアルバイトが見つかります あのひとにあいさつすることができます 焼きたてクロワッサンが並ばずに買えます ひだまりいろの瞳の子犬にじゃれつかれます たまごがうまく割れます きょうはいいことがあります ごとり、と 鈍い音が膝の下から伝わって 肩を滑り落ちたバッグ (わたしでは、ない) 心臓の輪郭 (これはわたしの) 猫の死骸でも 転がったかと (まるで期待に似て) 一瞬の遅れをとりもどすため 一拍だけはやめた 最後の一歩に もつれかけて 赤 ゆるゆると 人混みに紛れながら 少しずつ呼吸をならす エアポケットみたいな沈黙が ほんの数秒訪れて やがて唸りはじめるエンジン アスファルトをこするタイヤ 遅れて駆け込んでくるいくつもの足音を 背中ごしに聴きながら マフラーを巻きなおす 次の信号に出会うまでのつかのま わたしはもう さっきのおまじないのことなんて 忘れてしまって歩いている 評● 河野龍彦 ●SITE 誰でも、今日一日の日常の生活のなかに、詩はたくさんある。断片を作品に することが出来る。ということを、この作品が提示してくれている。 ( )の部分は、読み手に伝わったのか。 それだけが不安であり冒険でもある。 【次点及び統括的感想】 次点は伊藤浩子さんの「鴉」の一編。近々「ちりつも。」にて紹介したい。コツコツ と毎回投稿なさっている方は、レベルも上がり、いつ、セコンド掲載になっても、お かしくない。「淘汰」私は、この言葉が嫌いになっている。ザンボアのレビューを引 き受けてからだ。誰でも最初は感情だけ言葉にした作品だ。皆より私の作品が一番だ と思っている。それはそれで良い。問題はどれだけ続けられるかが問題なのである。 詩は言葉の寺と書く。墓参りしないでどうする。詩人は墓守の役目なのだ。 ● 河野龍彦 |