選者  島秀生 http://www.poem-mydear.com/
 
 
 

 
 
 
白い記憶
    ちー
 
 
 
 
あなたが見る事のなかった夢
あなたが掴めなかった明日
あなたの言葉
ある日、真っ白なシーツの上から消えた
ふと、カーテンがはためいているのを見付け窓を閉める
あなたの記憶まで飛んで逝きそうで悲しかったから
 
あぁ、風はもうこんなに冷たい
天国までの道のりが
どうか凍てついていませんように
そう思いながら
もう誰も居ない、悲しいほど真っ白なシーツを
そっと撫でた

 
 
 
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  夜の羽音   ちー
 
 
 
夜は鴉の群れが羽を拡げた姿
世界の端が白み始める頃は
ひとつ、またひとつ帰ってゆく頃
人知れず流した誰かの涙を翼に含ませて
しっとり、静かに遠いところへ帰ってゆくのだ
 
眠れなくて見上げた空
無数の光が鴉たちの目のように見えたから
この闇は温かな羽毛
包まれて守られて皆眠りにつくのだ
 
流れ星は涙
夜明けは帰巣
今日も聞こえる夜の羽音
今夜も集う優しい闇の守り手たち

 
 
 
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  も し   ちー
 
 
 
それが例え
どんな些細な触れ合いだとしても
たった一度出会っただけだとしても
守って
繋いで
愛しむ事ができたら
 
それが例え
ほんの微かな光にしかならなくても
たった一歩 歩けただけだとしても
 
無意識に進む秒針を
軽々しく千切るカレンダーを
明日を約束する相手を
瞬きをした瞬間すら戻らない事を
忘れずにいられたら
 
全てを足枷にして
横たわる前に
指先を触れては過ぎて行くモノ達を思い出して
そうやって生きていられたら
 
今の私にはならなかったかもしれないのに

 
 
 
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  いつか   ちー
 
 
 
あたしはいつか飛ぶんだ
好きな空を
自分一人で
「鳥の様に自由に」だなんて
そんな馬鹿な事は言わない
あたしはあたしの様に飛ぶんだ
 
しがらみも
煩わしさも
欝陶しい人達の笑い声も皆
ゴミの様に放り投げて唾吐いたら
飛ぶんだ
 
ギリシャ神話のマヌケな英雄より
もっともっと巧く飛んでみせるさ
 
だから今は待つんだ
空が招くのを待つんだ
「もう潮時だろ?」
そんなふうに空が笑う
青く透きとおった瞬間に
あたしは飛ぶんだ
もう、戻らないよ

 
 
 
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  あなたのアイロン   竹内ひとし
 
 
 
ワイシャツにアイロンをあてた。
半そでの、営業用の白いシャツで、
襟のところがピンとしていて、スケートの先のようになっている。
 
僕は洗濯が得意だ。というか、大好きだ。
独り暮らしのくせに毎日洗濯をしている。しかし、アイロンがけに
はすこしわだかまりがあって、今まで一度もしたことがない。
どうしてしないのかというと大人の男がする仕事じゃないと心に決
めているからで、だってわびしいし、それに見た目がかわいそうな
感じがする。
だから、アイロンがけはまとめて実家の母に頼むことにしている。
だって楽だし、それに母もまんざら嫌そうじゃないからだ。
 
明治からの観測史上、もっとも暑い日が観測された日、
急に出張を言い渡された。急というのは、三十路を過ぎた旧友から
の結婚案内のハガキくらい急なのだ。
家に帰ると、あるのはシワだらけのワイシャツばかり。
実家に帰る時間もなく、もはや店の開いている時間でもなかった。
僕は押入れからアイロン台とアイロンを引っ張り出す。もちろん、
引っ張るくらいじゃ出てこない場所に埋もれていたのだけれど。
アイロン台とアイロンは、死んだ祖母が最後まで使っていたもので、
ここに越してくる時、嫌がる僕に母が無理やり持たせたのだ。
母はこんな日のことを予想していたのか、と思うと、すこし背筋が
寒くなる。
 
よく温まったアイロンが、ワイシャツのシワをつかむ。
むん、と湿った空気にこうばしい香りが溶け出して、なんだか美味
しそうな気持ちになる。妙な感じだ。
好きな食べ物はあとに残して食べるタイプの僕は、だから難しい部
分は先に済ませてしまう。肩のラインを決め、ボタンとボタンの間は
慎重に進む。とくに襟の部分はしっかりと、まるで研いでいる感じで。
 
ワイシャツをひっくり返すと、こめかみから一粒、頬に汗がつたう。
広い背中を滑るアイロンは、さながら、海原を分けて進む大型客船だ。
解き放たれた舳先はぐいぐいと進み、波を切る感覚が手元に伝わる。
顔にあたる潮風が、汗をつかんでは後ろえと持ち去ってしまう。
「アイロンがけはわびしくない。かわいそうでもなんでもないんだ」
船長がいうのだから、間違いじゃない。
 
ハンガーにかけたワイシャツが、風に大きく揺れている。
半そでの、営業用の白いシャツで、
襟のところがピンとしていて、スケートの先のようになっている。
帆を張った胸で、きつい朝日を跳ね返していた。

 
 
 
初出  ネット詩誌「MY DEAR 51」  http://www.poem-mydear.com/  
 
 
 


 
 
 
 
 

  ジャムのふた   竹内ひとし
 
 
 
ジャムのふたみたいに
あなたとわたし
ぎゅうっと手をつなぎましょう
お母さんが開けにきたら
ぎゅうっとふたり
ふたを押さえましょう
 
それでもお父さんがやってきて
力いっぱい
ふたを開けてしまったけれど
ひとすくい味を見たら
またぎゅうっと
ふたを閉めてくれました
 
あなたはフッと息をつきます
わたしはホッと息をつきます
 
ほんと
あなたとわたし
ジャムのふたみたいに

 
 
 
初出  ネット詩誌「MY DEAR 58」  http://www.poem-mydear.com/ 
 
 
 


 
 
 
 
 

  春 の 嵐   竹内ひとし
 
 
 
営業車で外回り中、
おかしなトラックの後ろについた。
トラックの後部開閉口いっぱいに
女王第一、と書いてあるのだ。
男一匹、とか、一番星、とかなら納得なのだが、
女王が第一、とは洒落ている。
かなりの英国通なのだろう。
きっと、ビートルズなんて全曲そらで歌えるし、
朝は絶対に紅茶だな、と、ひとり車内でほくそ笑む。
しばらくすると、雨が降り出した。
横に殴りつける雨、春の嵐だ。
ワイパーを動かし木の葉をよける。
英国通トラックの汚れもみるみる落ちて、洗われていく。
しだいに、僕の空想もみるみる落ちて、洗われていく。
僕は少し悔しくなって、
ペニーレインのメロディーを鼻で綴る。
雨は一段と厳しく銀の巨体を打ち叩く。
左にウインカーを出して、トラックは高速道路へと向かう。
安全第一、と書かれた背中を揺らしながら。

 
 
 
初出  ネット詩誌「MY DEAR 45」  http://www.poem-mydear.com/ 
 
 
 


 
 
 
 
 

  た ま し い に   伊藤浩子
 
 
 
子どもたちの

たましいに
風が吹き

たましいに
陽射しが眩しい

たましいに
水は流れ

たましいに
愛が咲く

君が作る、
精緻な機械のことは
もう忘れてしまったよ

私がおろかなら
おろか者、と泣きながら
言ってくれ

私たちの

たましいに
闇は訪れまた、去り

たましいに
稲妻が光る

たましいに
雨は降り注ぎ

たましいこそに
夢が薫る

 
 
 
初出  MY DEAR掲示板  http://6007.teacup.com/mydearmasikaku/bbs 
 
 
 


 
 
 
 
 

  惜  春   伊藤浩子
 
 
 
そういえば

笑いながら
歩いていく少女たちを
近頃
見ていない

少女たちが
街から消えたのか

それとも

私の眼が
見えなくなったのか

清水が
てのひらから
零れ落ちていくように

過ぎたものを
思う日々は
こんなにも

無音だ

かつて
ここに
確かに在ったという
おぼろげな記憶さえも

私を
鈍く
脅かす

束の間

私は
泣いているように
見えて

わたしは
ちいさく
ないているように
みえて

惜しむべきものを
終に
惜しみきれずに

ただ行き場を
失っている

 
 
 
初出  MY DEAR掲示板  http://6007.teacup.com/mydearmasikaku/bbs 
 
 
 


 
 
 
 
 

  雨 が 降 る   伊藤浩子
 
 
 
雨が降る
ここにも
あそこにも
同じように
雨が降る
一般病棟の広い窓
気怠さと
やさしさを
運んで
雨が降る
野良犬はずぶ濡れになり
昨日の朝も
ああやって
匂いを嗅ぎまわっていた
彼の上にも
細かい雨が降る
私の心に
平らかなれと
雨が降る
からだの奥の奥にある熱は
高いまま
となりのベッドに
横たわる男の
左脚は
膝から下が
ない
陽気に喋って
けれど夜には
決まって
暗い夢に
うなされている
男の周りにも
雨が
纏って光って見える
水曜日の午前中
あの人は
どうしていることだろう
雨が降る
遮るものは何もない
庇うものも
隔てるものも
何もない
雨が
等しく
それぞれのきぼうを
地上に
還すかのように
雨が
降る

 
 
 
初出  MY DEAR掲示板  http://6007.teacup.com/mydearmasikaku/bbs 
 
 
 


 
 
 
 
 



 
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