選者  PJライブラリ司書室 http://poetry.ne.jp/database/index.shtml
 
 
 

 
 
 
結界種子
    こん
 
 
 
 

それでもゆく
やわらかさを固い外皮でくるみ
吹きすさぶ風に
涙などすぐに乾くだろう
ずぶずぶとはまりこむ
湿地帯のような母性など
もはや要らない
踏みしめられた乾いた父性が
一足ごとに皮膚を切り裂き
血と砂が幾たびか混じり合う
やがて足裏は苛草をふみしめても
擦り傷ひとつ負わないのだ

固い固い種になるのだ

固い外皮を持つ種だけが
荒涼とした大地に
花を咲かせるのだ

鼓舞してみる


 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 

  《SUGARLESS XYLITOL》   川村透
 
 
 
正午だ
ダッシュ!お昼、のあとでゆっくりと《神々を噛むためのガム》を買う
お気に入りのキシリトール、あの木陰がいい
アラニン化合物、腰をおろしてゆっくりと
フノラン(FN)とリン酸カルシウム(CP)
お、アラビアガムじゃん!!
ガムベース・ビタミンP・咀嚼してえ
え?こっちへ歩いて来る子は、まさか
《おかか、タラコ、しぐれ、苦いおにぎり》
おれおれ、おれだよ!
《コンビニ弁当の思ひ出》
まあ、偶然ね、元気?
おれはいつだって《灼熱の焼肉定食》さ
熱量1157Kcal、蛋白質36.9g、脂質48.5g、炭水化物143.4gの情熱変わるもんか
Na2475mg、原材料、飯、焼肉いため、(豚肉、玉葱、醤油、その他)
焼そば、ソーセージ、竹輪天カレー味、鶏からあげ、野菜コロッケ、にぎりこぶし
着色料(カラメル、アナトー、コチニール、野菜色素、)おれを見ろ
保存料(ポリリジン、しらこ)Show me期限なんてないんだ《添加物》
さらにグリシン、酢酸Na、酸味料、pH調整剤、膨張剤、おっと
調子コイてたら、時間なくなっちまうぞ
ダッシュ!脱臭だ、あとで噛めよこれ
キシリトール、マルチトール、
フクロノリ抽出物にクチナシ色素、
おまえのお昼は、あのときと同じ
《いなり3個入りPack》
おっとりゆっくりパクついてたっけ、
口紅ふいて、おまえ、
あなたタラコみたい、
ふふ赤色102号おくちに《添加物》する? って
ひょっとこみたいにくちびる、つきだしてさ
照れちまって、バカ、おれはハムカツ食うぜ
次いってみよう、って、レジ袋ガサゴソ、
お昼はつづくよどこまでも唾のんじまったつばつばつばき
ごく、んん、
 
 いきなり、
《いなり3個入りPack》ってか
 
原材料名、酢飯、味付揚げ、胡麻、ガリ生姜、アミノ酸
pH調整剤、着色料(カラメル、アナトー、ダメモト)《点火》
Kiss、Smell、酢飯、Smile、あのときみたいに
めしつぶごとキスしてやれ彼女の鼻息おれのいいなりいなり
なによいきなり!
ム、カ、ツ、ク! ビシバシ!!
だから《ハムカツエッグロール》なのよあなたっていつも
せっかく乳化剤がイーストフード、なのにビタミンC?
調味料、正気?、なんなの?いまさら。バカにしないでよ
アミノ酸等、カゼインNa、リン酸塩、(Na)?
pH調整剤、発色剤(亜硝酸Na)、増粘多糖剤?
グリシン、酢酸Na、保存料(ポリリジン)???
甘味料(甘草)、酒精、着色料(カロチノイド
カルミン酸、カラメル)????
やめて、もうたくさん!
やめてっったら!何さそんなリクツばっかりならべて!
聞きたくないわ!
 
 
ハムカツなんて。
 
ほんとうは、チキンなのよ、あなたって
《チキンカツロール》ってきらいじゃないのに
もっとすなおに
乳化剤をイーストフードしてくれていたらあのときのビタミンCだって
ええ調味料、そうよ、うそじゃないわ、悪い?
アミノ酸、増粘多糖剤なんだから、カゼインNa、誤解よ
リン酸塩、焼成Ca、グリシン、pH調整剤、ちょっとまって
着色料(カラメル、カロチノイド)、甘味料(甘草、ステビア)
甘い香り
ええ、思い出すわ
あたしたちって
まがいものの《添加物》のけものの漬物どうしだったわ
醤油だ醤油がほしかっただけなんだ
ノリ弁だっておにぎりだってよかったんだ、
あさり?おかかにシャケにしぐれとタラコ?苦いおにぎりとチキンナゲット?
そうだったのね
おい、泣くなよわかってくれたのか?
そんなささいなことで
バカよあなたは
 ああ。
ずっと気持ち保存料だったのあなた まっすぐソルビン酸K ソルビット見て
すこし《添加》してきたみたいもう一度熱いわあなたの
タラコくちびるアミノ酸 着色料 カラメル 赤色102号 黄色4号
すてきね
安息香酸Na  吐息、
すてきだ
増粘料 グァーガム、グリシン、酢酸Na、水酸化Ca
調味料 もっとアミノ酸、pH調整剤
甘味料 ステビア ステビアすてきだすてきよ
 
 
チューーインガムゆっくりと
《神々の噛むガム》には
神聖なるフノラン(FN)と偶然性リン酸カルシウム(CP)
もちろん天然素材甘美料キシリトール配合《MENTAL SUPPORT》
 
”CHEWING!!” 
 
原材料  あなた、
     雰囲気ベース、香料、増粘剤(指カラメル)
 
甘味料 (あたし 天然素材)
     不思議ノリ抽出物、クチナシ色素、
     ビタミン=フェミニン
 
《SUGARLESS
《SUGARLESS XYLITOL》

 
 
 
 
作者サイト  http://www.rakuten.co.jp/book-ing/402373/402374/ 
関連サイト  http://po-m.com/forum/myframe.php?hid=25 
 
 


 
 
 
 
 

  優しい隙間   竹垣尚太郎
 
 
 
果ての遠い砂漠に
もし一人きり
置き去りにされたなら
あの蜃気楼だけを見つめて
まっすぐ歩いているつもりでも
地平線のような円を描いて
きっと
歩きだした場所に戻ってしまうだろう
もうずっと昔
鉛の詰まった古い鞄を
長いこと肩に担いでいたせいで
首を右に傾ける癖が残っているというだけで
 
僕の右足は力強いくせ重く
踏みしめた砂のように熱く
 
立ち尽くす僕の体は右に傾いて
左の肋骨はいつからか
少し前に突き出し
だから抗いようもなく
僕の震える心臓は無防備に
君の
握りしめた指の優しい隙間へと

 
 
 
 
作者サイト  http://gion.server.ne.jp/kuroneko/ 
 
 


 
 
 
 
 
  ビート・スペクター   クギミツアキラ
 
 
 
栗色のジャズマスター
第6弦で撃ち抜いて!
飢え渇いた可愛いフラミンゴがシャ・ラ・ラと唄うから!
神秘的な公園から 荒れ狂う幽霊船の動燃機関まで
埋め尽くした骸骨の階段を爆破してあげるから!
新天地はオイルの匂い まるでジュ-クボックスの敗残者
アメ色の繊細さ ひと絡げにして追い込んで
物質主義的皮膚感覚で 最後の光線がショートする
知っている? 衝動列車の生まれの悪さ
それは六価クロムに由来する七月の亡霊
あからさまな預言書を 正当に改竄するために
屋根裏部屋の将軍のふりをして高尚な元素記号を説き明かす
まるで夜のモーゼ!
ビート尼僧の白い肌に十戒を刻むが如く
もしくは精神の熱病患者!
その体温の果てには灰色の雲が
中産階級の天使! それは儚げな流浪者!
異端の練瓦を貪るように嘆きの壁に落書きして昇華する
「高架鉄道に御慈悲を!」
「ドーパミン・キャンディーを一粒」
「何処へも通じない器官を通り抜け再びここへ...」
「唱えよ!讚えよ!Do-wa-di-di-di-di!」
艶めかしい電熱線の誘惑はやがて
僕を粗雑な製鉄所へと変えることだろう
背中を押し付けて渾沌とした検問所へ僕を連れていってくれ!
ただしそれは不確かな忠告ではなく
肉体の形容詞として速やかに導いてくれ!
有刺鉄線に絡まった枯葉で執り行われた儀式の一部始終を
不満気味の観念の覗き穴から捉え続けた眼
ただひたすらに存在の理由を約束してくれるのならば
自己の中性子爆弾 美しいボヘミアン
遠ざけたものすべてが荒れ果てた肉声として甦ることだろう
この虚ろな迷宮にも似た吐瀉物の上に
聖地の喪失を目指して進軍する盲目の車輪の中に
太陽と月の融合から生まれた自殺マシンのように
爆音を抱いた切れ切れの陽炎として甦ることだろう
打ちひしがれた疾走黙示録として
再びこの場所で甦ることだろう!

 
 
 
 
作者サイト  http://www.babytrain.net/train/ 
 
 


 
 
 
 
 

 

優しい人になりたい   山田三平
 
 
 

1)
 
 
飯を作る風呂を洗うようやく寝る飯を作る風呂を洗うようや
く寝る飯を作る風呂を洗うようやく寝る詩を書く飯を作る風
呂を洗うようやく寝る飯を作る風呂を洗うようやく寝る飯を
作る風呂を洗うようやく寝る飯を作る風呂を洗うようやく寝
る飯を作る風呂を洗うようやく寝る飯を作る風呂を洗うよう
やく寝る
 
 
 
 
2)
 
 
「可哀想だ」
なんて口にしても
 
僕には何も出来ない
そして何も変わらない
 
どう思われたいのかを
考えている
だけなのかもしれない
 
だから
昨日見た夢について
昨日見た現実について
僕は神様に質問する
 
 
君の前髪は
短い方が似合う
 
 
 
 
3) 
 
 
あ、僕
さっきからここに
いる?/迷い込んで
 
いる。確かに、
 
目の前で繰り/繰り返される
ぎ、こちないダンス

 
平衡感覚をやられて
立っているのが精一杯だ
 
英知/そして力は行き場を無くしてしまって
膝を抱えている
ただ膝を抱えて/いる(決して泣いては/いない が)
 
 
そしてまた
僕のターン
 
振り出しに戻る/もしくは、1回休み
 
 
 
 
4)
 
 
休みの日は
目が覚めるまで寝ている
 
ベッドから体を起こすと
窓から
夕焼けが覗いている
 
すると夕焼けは
猛然とこちらに走ってきて
切り分けられた時間をなぞり
 
こんな僕と
対峙してくれた
 
私と夕焼けが今を作っている
遠くからの視線でみるこの場所は
嘘のアフリカか
 
いや、
空はつながっていた

 
 
 
5)
 
 
サバンナで、
人間は一人で生きていけるのか?
 
孤独な太陽
孤独な自分/歌声/そして詩
 
ただ一人の自分
 
ガオー
と吠える毎日に
夕焼けも一人で見る
 
孤独な太陽を眺めていたら
孤独な自分に
恥ずかしいことに涙が出てきた
 
誰に対して恥ずかしいのか
わからない
 
ライオンが見ている
 
 
 
 
6)
 
 
飯、風呂、そして今日も眠れない
はやく君に逢いたい
 
鳴り止まない耳鳴り   
 
 
ただ僕は
優しい人になりたい


 
 
 
 
作者サイト  http://www3.ocn.ne.jp/~oresi/index1.htm 
関連サイト  http://www3.ocn.ne.jp/~oresi/1000/hiroba.htm 
 
 


 
 
 
 
 

  家路   佐倉潮
 
 
 
「言葉とは不思議なものだね」田畠さんはそう言った。
「どう、不思議なのですか?」僕は尋ねた。
 その日、久方ぶりに梅田で飲んだ僕たちは、赤い顔
を二つ掲げ、帰り道を電車に揺られていた。田畠さん
は飲むとすぐに赤くなる。そうして飲んだ後も普段の
時も、調子はさほど変わらない。少なくともその赤ら
顔と比べたら、鼻唄を唄わないし、管を巻くこともな
い。だけど飲むと少し、幸福な隙間のようなものがで
きて、その隙間は僕を愉快にさせる。だから僕は時折
りわざわざ田畠さんと飲みたくなる。
 
 
  +
 
 
「そう、例えば、僕が」田畠さんは自分の掌を見つめ
た。「何か・・・こう、とても愉快なことを言ったと
するよ。そうすりゃ僕は、愉快な人間だ、ということ
になる。あるいは逆に」
「ええ」
「逆になにか卑劣な言葉を発したとする。そうすれば、
君や他の人も、僕を卑劣な男として、軽蔑するだろう」
「ええ」僕はまた相槌を打った。「そうかもしれませ
ん」
「けれど、その言葉は、決して僕自身じゃないんだよ。
僕が発した言葉かもしれないけれど、僕自身ではない」
「ええでも」と僕は言った。「やっぱりその言葉を発
した主なら、そう思われたって仕方ないんじゃないで
しょうか?」
「仕方がない、ということと、事実そうである、とい
うこととは相反しない」田畠さんは穏やかにそう答え
た。「僕だけに限らない。言葉はみながみな話す。君
の言葉だって君が発するからといって、君自身ではな
いのさ」
「それじゃなんだか不安ですね。言葉とは」
「不安がってちゃ、言葉がかわいそうだ」
「じゃ、不思議だ」
「不思議だ」田畠さんは窓におでこを当てて、夜をぐ
るりとのぞき込むように眺めた。
「この宇宙には果てという概念が無いそうだ。我々が
観測できる果てはあるけれど、もしも、その果てに立
って眺めれば、果てでない場所と同じように、宇宙が
続いているのだろう。言葉も、胸の内から出てきたあ
る種の果てなのだね。たとえその地に立てたとして、
結局はそこから広がっている、人の心は、遠くにある」
 
 
  +
 
 
「やぁ、僕はどんな風に見える?」田畠さんは尋ねた。
「酔っ払っている風に見えます」そう僕は答えた。
 田畠さんはハハハと笑って、自分自身を眺める素振
りをした。
「こうして酔っ払っていりゃいい。そうして果てを追
いかけたらいい」
「でも、果てはないのでしょう?」
「ん。追いかけていれば、果ては果てとして、あるさ
だから。さ、僕は降りなければ。じゃあ君また、明日」
 そう告げると田畠さんは慌てて電車を降りて行った。
その下車駅はいつもの烏丸ではなく、烏丸の一つ手前、
大宮だった。大宮と烏丸なら歩けないことはない距離
だけど、田畠さんは酔って降りる駅を一つ間違えたの
だろうか?(それに、「また明日」だなんて!)
 一方で、僕はなんだか変な気持ちがした。まるで田
畠さんが、永久に烏丸通りまで歩き続けているような
気持ちがした。もちろんそんなことはあるまい。次週
出社したら、きっとこのことを尋ねよう。田畠さんは
何と言うだろう。何か言うだろう。それは嘘ではない
けれど、真実でもないだろう。何故なら今日、金曜日、
彼は一つの矛盾を犯したが、明々後日、月曜日、矛盾
一つも許されてない世界にまた僕らは立つだろうから。
 
 
 
 
 
  
 
  
 − On the Way Home

 
 
 
初出  心太 -tokoroten-  http://mypage.naver.co.jp/tokoroten/ 
作者サイト  http://fweb.midi.co.jp/~colddog/ 
 
 


 
 
 
 
 

  透明人間と   たもつ
 
 
 
【透明人間の憂鬱】
 
透明人間の悩みは
最近、髪の毛が薄くなってきたこと
これでも若いころは
リーゼント、ヨロシクきめて
ハマのあたりでバリバリに透明だったぜ、ってなもんで
今ではバッサリ落とした七三わけ
毎朝、鏡の前で
育毛剤を専用ブラシでトントントントンとやって
ああ、今日も透明でよかった
安堵のため息をつく
 
 
 
【透明人間の「さよなら」】
 
透明人間は「さよなら」という言葉が好きだ
綺麗で美しい響き
何より「さよなら」と言ったときの
口の動きが素敵だと思っている
 
透明人間は誰にも「さよなら」を言ったことがない
気がつくと、仲間の透明人間はいなくなっている
恋人もそんなふうにいなくなった
自分もいなくなる時はいつもそうだ
 
「さよなら」
つぶやいてみる
言葉は季節風にのって
はるか異国の地にとどいた
初めて聞く異国の言葉に
少年はあたり見まわしたが
空耳かな、と壁にボールを蹴った
 
 
 
【透明人間の考察】
 
透明ではない人間には
不透明人間と
非透明人間と
未透明人間がいると
透明人間は考えている
 
三種類もあるから
透明ではない人間の世界には
争いが絶えないのだ、と
 
透明人間は透明人間
 
透明人間は眠くなった
洗いたてのタオルケットが気持ち良い
 
眠っている間も透明でありますように
 
 
 
【透明人間の週末】
 
透明人間は週末になると
水族館に行く
最近は特にマンボウがお気に入りで
日がなその水槽の前で過ごす
 
閉館後も透明人間は帰らない
透明人間は時々思う
閉館なんて変なシステムだ
すべての人間が透明なら
こんなシステムはいらないのに
 
透明ではない人間は
死んだら土に還るというけど
透明人間が死んだら
海か空に還るのではないかしらん
 
守衛室から失敬したドーナツを食べながら
マンボウの優雅な泳ぎにうっとりする
 
 
 
【透明人間の夢】
 
空を飛びたい、なんて夢見てたのは
昔の話さ、と透明人間
 
カチャリ
 
自動券売機で切符を買う透明人間
都会ではひとりでにコインが宙を飛んでも
誰も驚かない
ありがたいことだ、と透明人間
 
 
 
【透明人間の思い出】
 
写真たてには空ばかりの写真
ここに自分がいて
そのとなりに恋人がいて
 
今、雲が笑った?
 
いや、思い出と名のつくものは
いつでも気まぐれに振舞うものだ
 
 
 
【透明人間の願い】
 
透明人間も
透明ではない人間も
幸せでありますように
 
 
 
 
 
【さよなら】
 
私のノートから
透明人間がいなくなった
 
それは突然に、というより
透明人間が足の方から
徐々に消えていく感覚
 
風でノートがめくれる
 
「さよなら」
 
の文字
 
以降、空白のページ

 
 
 
 
作者サイト  http://free.gaiax.com/home/kagechan/ 
 
 


 
 
 
 
 

  恐竜の背中のカーブ   枕元京平
 
 
 
簡単に分け与えた
朝を隔てて越えるもの
下向きになって思う空気は
まだ近く 目の中で止まらせたままの
駅の中で
 
何も 言えないほどには
透き通っていた
その時間僕達の足が
誰かと 誰かと 誰かを選んだり
選ばされたり
教えてくれる流れの 間から見下ろして
丸く残しそこねた
それを忘れたままで
 
遠く ずっと遠くを見れば
もっと遠く見える 優しい ノイズのような
誰かが手に持って持ち上げていた
その砂の中には 隠さないように
重さにつられていく 広がる両腕も
全て片付けた後の
迷いやすい 箱達のために
地響きを目に映した
 
僕のマスク

 
 
 
初出  めろめろ23号  http://poenique.jp/mero/ 
 
 
 


 
 
 
 
 

  まにまに想う   俊
 
 
 
夜毎わたしの隣には幼い仏が降りて来る
 
そう感じさせるのは
両の掌にくるめるほどの
優しいまろみのなかにある
ちいさな子の目やはなやくち
 
わたしの好きな古仏たちの
穏やかな面立ちがやんわりと浮かび重なる
 
見えない姿追い
仏師たちは木や石の内から仏を取り出すというけれど
ほらここに
あなたたちの求めるかたちがあるよ

教えてみたくなる
 
夜のあいだ
 
幼い子は
わたしの目覚める度ごとに肌掛けを撥ねていて
それを
仕方ないわね
なんて言いながら戻してあげるのだけど
深すぎぬ闇のなかで
つい覗き込んでしまう顔があまりに無垢で
そっと見つめていたりする
 
ちいさな仏は何も知らぬまま眠り続け
まにまに時がたゆたう
 
梅雨の気配の近づいた
いまは五月の
 
ほんのすこし暑い夜

 
 
 
初出  NIFTYの詩のフォーラム「FPOEM」 
作者サイト  http://www43.tok2.com/home/tiyo/ 
 
 


 
 
 
 
 

  『9月11日の線香花火』   川村 透
 
 
 
--少女の前に突き出されていた花火のうちのひとつが
ひくひくと火花を痙攣させて果てた
 
藍色の少女には、
次から次へと灯を移し代えられていやいや燃えている花火が
ただのモノクロの火花にしか見えなかった。
蛇のような筒から吐き出される炎の生臭さ
吐き気を催すような匂いと煙が
厭わしくてならないと、
少女は誰かにわかってもらいたかった。
 
それなのに少女は
蛇に魅入られた蛙のように炎から目をそらすことが出来ないでいた。
目の中の硝子玉に白い火花が巻きついて、焼きついていて
脳髄に刻み込まれたいやな残像の痛みを、涙で清めてしまいたいのに。
その、ほの暗い針のしずくは、あの、不快な心地よさを呼び覚ましてしまいそうで
何か地鳴りのような響きにさらわれてしまいそうで
浴衣の帯のいやないやな、きつくるしさで
まっすぐに立っていられなくて、
夜の、野の底にしゃがみこんでしまう。
誰かが、大丈夫 ?と耳元でささやき
犬のように息を撒き散らしながら星のような湿った指先で、
太い腕ごとおずおずと少女の肩に浴衣に触れる
一瞬、
  
少女の前に突き出されていた花火がびくびくと火花を痙攣させて果てた
 
少女は動かない
ほんのついさっきまで花火が生きていたはずの
うつろな空間から目をそらさずに、いた。
少女に触れていた蒼い腕は、はっとしたように少女の背後にしりぞき
あせったような無骨な衣擦れとセロハンをもみしだくいやな音で
風をかき乱しながらすばやく作業を終えると、さっきと同じように
ライターの耳障りな、擦過音とともに新しい蛇に灯を移して
--ぐいっ、
と少女の目の前に突き出した。
 
--ぶぶっ、
と蛇は舌を嘔吐するように炎を垂れ流し始める。
少女は動けない、それから
いかにも厭わしいといった風で眉をひそめ、まばたきもせず、
ますます硬く小さく体をちぢこませ、
錆びついたカラクリ人形みたいにゆっくりと浴衣の腕で自分を抱きしめる。
大きな馬のような影が背後からやってきて
少女の間近すぐ隣、ふれあわんばかりのところにしゃがみこむ。
新しい蛇を太もものあたりから突き出し、燃え盛り震えている蛇に押し付けると
火花は一気に倍以上に膨れ上がり煙と臭気が少女の頬にまとわりついてくる。
モノクロのペチカ寒々と燃える中空の蛇の、筒
燃え尽きた死骸たち死屍累々、草むらに倒れているその上から降り注ぐ
容赦のない轟音、雪崩落ちる火の雨に打たれ
少女は筒の中に棲む蛇の目をした小人のことを想う。
 
--さくり、
と筒を押し開くと果実のように火薬をひとつぶ、ひとつぶ抱きしめた女たち
緋色の浴衣をはだけ臨月のかぐや姫の嗚咽
しゅうしゅうと爬虫類じみた鳴き声をもらし
生きながら焼かれる喜びと産みの苦しさにもだえながら
韻律のように熱い花に生まれ変わり生まれ変わりして
蛇のなめらかさで筒の螺旋をすべり降りてゆく。
生まれ来る炎は、ぱちぱちと拍手によって呪われてでもいるようにはじけ跳び、
かつての住処の上に
ばらばらの死骸のおごそかさで福音とともに降り注ぐ
ばらばらの死骸がおごそかな、福音とともに降り注ぐ
 
 
------おおお赤いテロル白いテロル砂のテロル
灰色の粉塵目蓋の裏、軍人どものウォー・クライ脳髄は蛍のように
かぼそい明りの中垂直にそびえ輝く矩形の歯磨きビル、ダイヤゴナ
ル・チューブ摩天楼に棲む番いのゴーレム手に手を取って盲目の双
子たち泥まみれの、$、$、DOLL喉まで詰め込まれアナルをF
IXする砂漠の砂、砂、砂、白銀のペニス翼広げ菱形に舞う天空の
コルク抜き心臓抜き赤い血糊は噴煙を七色にゆらめかせる------------
 
一瞬、
少女の前に突き出されていた花火はびくびくびくっと火花を痙攣させて果てた
 
蛇の筒どもはすべて地に堕ちた竜となり果てた。
かつて明るかった闇の子ら
蝙蝠のふりをした天使が匂う火薬の、野原で
白い煙と残り香の中、
少女はとうとう厭わしい慕わしさに耐え切れなくなり
隣に伏す犬のような影の男の股間に、甘く震えるその指をそっと添えてみる
男は身じろぎもしない。
浴衣の硬い肌ざわりの奥の奥の双頭の蛇硬く、しだいに硬く育つ気配とともに少女の
もう片方の手にはいつしか灯火を移された線香花火が微笑み始めていた。
火花をもみしだくとともに犬のような息が荒くなり星のように湿った男の
指先が少女の硬い浴衣の襟元にひとつ、
またひとつと星型の模様を刻み込もうと、爪を立て始めている。
金平糖がささやくようにひとつぶ、またひとつぶずつ星たちが地上にあまねく降り注ぐ
暴力のように愛撫のように赤く甘く白く。
 
少女は体の芯に、あの、
不快な心地よさが、じくじく、と呼び覚まされてくるのを感じながら
蛇の筒の中ひっそりと目を開く、火薬にまみれた、かぐや姫のように
浴衣の硬い肌ざわりの奥に消えてゆく緋色の玉になってしまいたいと
帯が子宮に食い込むくらい、小さくかがみこむ
帯が子宮に食い込むくらい小さく小さくかがみこむ
 
赤い線香花火、緋色の灯火、その最後のひとひらが地上から消える時、
蛇の裔たちは火薬のゆりかごの中
草むらのしとね、二度と目覚めない甘い眠りに抱きしめられる
 
--ほと、
と赤い玉が草むらに降りた
 
少女が男の横顔にキスを、して
蛇のような遊びがまた、始まる。

 
 
 
初出  現代詩forum  http://po-m.com/forum/ 
作者サイト  http://www.rakuten.co.jp/book-ing/402373/402374/ 
 
 


 
 
 
 
 

  ピアス   こん
 
 
 
おかあさまに 叱られました
穴など開けてはいけないよと
でも もう 私はすでに
頭といわず 心といわず
いろいろなところに
穴を穿たれてしまいました
 
 
すうすう 寒いのです
心臓に メンタム塗ったみたいです
 
 
よく見ると皮膚さえも
多孔性の鉱石のように
ぷつぷつと空洞があるのです
 
 
私はどこにいるのでしょう
緻密に積み上げられた
オブジェのようなこのからだ
 
 
たましいは翔んでいるのです
私はここにはいないのです
 
 
かぜがふくと
ひんやりと哀しい冷たさで
ぱらぱらぱらと
ひとつかみの塩になります
 
 
それも本望なのです
 
 
おかあさま
 
 
 
私はもう 戻ってこないのです

 
 
 
初出  nifty詩のフォーラム  
作者サイト  http://village.infoweb.ne.jp/~penteka/ 
 
 


 
 
 
 
 




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