午後、西南西へ
 

台風が行き過ぎた
西南西へ
6号の進路とは逆に
青空は底なしのように突き抜けて
まっすぐ入道雲へ
ラジオからエルトン・ジョン
切ないじゃないか
そんなに簡単に手渡さないで
ハンドルを握る手は汗ばみ
窓の隙間からは塩分をふくんだ湿気
記憶の貝殻が悲鳴をあげる
どうにか生きながらえていたのに
死のうしている貝殻
西南西へ
逃げろ
早く
貝殻がぱっくりと口をあけてしまうまえに
急げ
洗い浚い吐き出されるまえに
肌にまとわり付いてくる記憶が
振り払えなくなるまえに
貝殻の死は残酷な螺子だ
巻貝でもないくせに
わたしにめり込んでくる
西南西へ
逃げろ
あなたのように堂々と
外洋を巡れはしない
式根島あたりで振り返って
そのちっぽけなのがわたし
見えるでしょう
そこからでも見えるでしょう
でも見ない振りをして
お互いの愛着はただの幻想で
それは行き過ぎた台風のように
傷跡も残していくけれど
どうしようもない一瞬ってある
だから、西南西へ
針路をとれ
 
 
午後2時37分現在
国道134号線茅ヶ崎あたりにて

 
 
 
 
 
 
 
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  (c) 蘭の会 詩集「なゆた」第二集
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