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左手に死 鈴川夕伽莉
亡骸となったあなたのおつむを撫ぜた時、 私の左手には死が宿ったのです。
あなたは葬儀の準備が整う間、 霊安室に置かれたベビーベッドの中で迎えを待っていました。
あなたのほっぺの固さが私の身体の芯まで凍りつかせました。 それ以上撫ぜ続けることが出来なくなりましたが、 手を放した瞬間、私は 死を自分の身体に刻印させる必要に迫られたのでした。
あなたの身体はお母さんのおなかの中で突然 生きるための力を失ってしまいました。 緊急帝王切開、心拍はおろか呼吸すら始まらない だらんとした身体が運び出されました。 気管内挿管、ペコペコと心臓マッサージを始めて 15分あまりでしょうか、あなたの心拍は再開したのです。 正直、私も蘇生にあたったもうひとりのドクターも驚かされました。 慌しいままNICUへ、人工呼吸器による管理が始まります。
果たして何の権利があって 私はあなたの生命予後について家族に語るのか。 強度の低酸素状態に曝された脳神経細胞の障害は おそらく不可逆だ。 自発的な呼吸は始まらないだろう。 そのうち全身臓器の不全症状が出現するだろう。 それらはめぐりめぐって、心臓の動きも障害するだろう。
面会するお母さんとお父さんに、 あなたを抱っこして貰うことにしました。 お母さんはあなたのことを温かいと言った。 私はお母さんの傍らに立ち、気管内チューブを支えておりました。 利き手である右手を使えば確実にあなたの顔を覆ってしまうので 左手で支え続けました。 チューブが抜けぬよう、かといってお母さんの視線を遮らぬよう 左手のかたちを保持するのには案外、力が要りました。
お母さんとお父さんはそのとき80年分に匹敵する愛情を あなたに与えていたに違いありません。 この子はお母さんとお父さんに抱っこされたくて 死の淵から戻ってきたのだと。 こんなに頑張って生まれてきた子は見たことがありませんと。 信じます。しかし、とてもじゃないけれど 口に出すことは出来ませんでした。 血圧がゆるやかに落ち、心電図がフラットになるまで あなたが産まれてからちょうど24時間でした。 心電図の波を凝視するお母さんを凝視していた私は 情けないことに死亡宣告をすることが出来ませんでした。
翌日、亡骸のあなたはお母さんに抱っこされ お父さんの運転する車に揺られて病院を去りました。
私の左手をあなたのおつむやほっぺの感触が 侵食し続けました。 左手を、あたたかい右手で包んでみました。 たまらなくなったので、自分の頬にも押し当ててみました。 ところが一向に私の左手には熱が戻りません。
死は左手だけにとどまらず心臓にまでのぼってきました。 血流を介してそれが全身にまで行き届いたとき、 あなたの死は私の身体に取り込まれるでしょう。
糧としてではない。 生きている私の身体の、一部となるでしょう。
それを待つ間、重くだらんと垂れるがままの左手を 何度も右手であたためるのでした。
冊
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